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第二幕は短いんだ

 クラリネットのコンサートに行くとするだろう。クラリネットのことを何も知らない君は、分からないクラッシックをひたすら聴くことになるんだ。第一幕が終わり、休憩時間になった。余韻なんてものは君には必要ないから、席でずっと待ってるんだ。周りにはさっきの観客が戻ってきて、会場の照明が落ちた。第二幕の始まる合図だ。でも何故か舞台の幕は上がらない。そこでひとつアナウンスが入る。

「演者にトラブルが発生しました。少々、お待ち下さい」

 五分ほどすると舞台の幕が上がった。そこにはクラリネットの人が、マイクを持って立っていた。

「先ほど休憩中にクラリネットが壊れてしまいました。どうにか今、修理が出来ないか掛け合っていますので、もうしばらくお待ちください。代わりにピアノのソロ演奏をお聴きください。大変申し訳ありません」

 ピアノの素晴らしい演奏が終わると、クラリネットの演奏が始まった。君は、良かった、直ったんだって思う。演奏が終わり君は拍手を送った。惜しみない拍手が鳴りやんだところで、クラリネットの人は言った。

「次で最後の曲になります。本当はあと二曲やるつもりだったのですが、音が出ないので最後になります。せっかくお越しいただいたのに申し訳ありません。最後までお楽しみ下さい」


 君は音が出てなかったことに気づかないんだ。

 


 僕はね、渡辺さんを探すことにしたよ。軽い体をやっと動かした。久しぶりに動かした体は驚く程に軽かったね。なのに重かった。長らく動かしてない体は、思うように動かなかったんだ。体中のあちこちが痛かったね。怪我なんてどこもしてないのにさ。

 傷つかないように傷つくことをしないってのは、一見賢いようにも思えるけど見当違いも甚だしい。何もしないってことは何も無いわけで、何も無いってことは何かの手違いで、仮に何かが起きてしまった時に、それしかないってことなんだ。僕の言ってる意味が分かるかな。つまりは、渡辺さんしか僕にはなかったってことなんだ。本来ならちっぽけな物で済んだはずが、その容器は空っぽだったせいで、必要以上に大きく育ってしまった。他に遮るものがないから、すくすくと根を生やしていって、僕の心を埋め尽くした。ましてやボーイミーツガールに憧れてた人間がだよ。想像して欲しい。そんな人間がボーイミーツガールを不完全に終わらせてしまったとする。本来だったら救われるべきものが、だだっ広い真っ白に放置されてしまった。こんなにも恐ろしいことはないと思わないかい少年。僕に残されてるのはもう、壊れかけのボーイミーツガールだけなんだ。

 まずはメッセージを送ってみた。とてもじゃないけど、ここでは言えないようなことを送ったね。ラブレターって言えば聞こえはいいけど、迷惑メールって言われればそれまで。返信は返ってきてない。僕が思うに上手く書き過ぎたんだと思うんだ。あまりに完成されたものって、かえって触れづらくなるだろ。赤ちゃんがいい例だよね。その現象が渡辺さんにも起きてるんじゃないかって思う。そんなに謙虚にならなくてもいいのにね。渡辺さんはまだ読んでくれてないみたい。

 次はなんで渡辺さんは姿を消したのか考えてみた。携帯を失くしたのが最も可能性が高いと思ってるよ。でも、もし仮にそうだとしたら、それはもうどうしようもないことなんだ。だからそれ以上考えるのをやめた。渡辺さんが僕に会わない理由なんてのはいくらでも見つかるし、いくらでもあると思うね。そのぐらい僕たちの関係は浅かった。ほら、少し考えただけでこの有様さ。見たくないものは見ない。臭いものには蓋をする。明日が来ないように眠らない。とってもシンプルな解決方法さ。なにも前には進まないんだけど、どこに進めばいいのか分からないから、これでいいんだ。

 藁にも縋る思いで、追いかけたんだ。渡辺さんとの日々を。日々なんて言い方したら、長い時を一緒に過ごしたみたいで嬉しいよね。時間にしてたったの三日だけど、逆に三日間で良かったなって思う。探す場所が減ってさ。どっかの歌だとさ、色んなとこを探してて大変そうだろ。それに比べて僕は恵まれてたね。ラウンドワンに、映画館、公園でいいんだから。追いかけるって言うか、追体験だよね。僕はひとつずつ行くことにしたんだ。どこかに渡辺さんがいるかもしれないから。

 

 ラウンドワンに行ったよ。どこを探してもいなかったから、一人で遊んだ。全く楽しくなかったね。なにをしても恥ずかしいだけだったからすぐに帰った。メダルゲームをしてると誰かがメダルをくれて、嬉しかったな。

 映画館に行ったよ。あの日の映画はもう公開してなかったから違う映画を観た。あの人の好きそうなのを選んだけど、意外と面白かったな。あの人が楽しんでいた理由が分かった気がした。

 スイーツを食べに行ったよ。スイーツは甘くて美味しかった。ナンパをしてる人がいたから観察してみた。その人は断られても、断られても、色んな人に声をかけていた。帰りは公園に寄ったけどすぐに帰ったね。声をかける人がいなかったから。


 今になって思えば、バカな話だよね。僕は名前も知らないような人のことを探そうとしてたんだ。声をかける練習はしてたのに、肝心の中身が無いんじゃお話にならない。どうせ声をかけるなら名前を呼びたいなって思ったんだ。でも知らなかった。聞いてないから。渡辺さんのことなんて、なんにも知らないんだ僕は。どうして時計校に立っていたのかも知らないし、どうして僕に声をかけてくれたのかも分からない。ラウンドワンに行った理由も分からなければ、あの日が最後になった意味すら分からない。そんな人のこと、見つかりっこないのさ。奇跡でも起きれば良かったんだろうけど、あいにく奇跡にはこれっぽっちも期待してなかったね。だってこの出会いは運命だから。運命に奇跡は存在しない。奇跡が起きたならそれは、ただの偶然さ。短すぎた僕のボーイミーツガールは、ここで終わりを告げたんだ。



 第一幕と第二幕の違いはなんだと思う。正解は、第一幕は完璧な演奏をしようとするけど、第二幕は完璧に見せようとすること。壊れてない楽器なら思い通りの演奏が出来るけど、壊れて音が出ないなら満足のいく演奏は出来ない。当たり前だよね。だから第二幕では必死に装うんだ。あたかも完璧ですよって。これが本物のクラリネットですよって。今から僕がするのはそういうこと。もう少しだけこの話には続きがあるから聞いて欲しい。第一幕はさっき終わったところなんだから。

 僕も騙されたんだ。僕が一番の被害者と言ってもいい。僕が大事にしてたものは既に壊れていて、僕はそれを大事に抱きしめてた。人から貰った物だったんだけど、どうやら欠陥品をその人は僕にくれたみたい。しかもその人はそれが壊れてるって知ってて渡したから、確信犯ってやつ。酷いことをするよね。でも恨むことは出来ないんだ。これは僕が優しいからって訳じゃない。優しいのは否定しないよ。そんな優しい僕でも、同じことをするなって思ったんだ。思ったっていうか、同じことをしたんだよね、僕も。だから強く言えない。言う資格が僕には無いんだ。

 さっきから僕がなにを言ってるのか分からないと思うけど、もうすぐ第二幕は始まるよ。その前に少し休憩が入るけどすぐだから我慢してね。多分、僕の言いたいことは分かると思う。さっきも言ってたと思うんだけど、第二幕は短いんだ。休憩中にそれは壊れちゃったから。元々、壊れてたって言ったけどさ、実のところ、あんまり気にしてないんだ。僕が持ってたのはまがい物だった訳だけど、僕は気づかなかった訳だろ。それは僕が本物を知らなかったってだけじゃなくて、あまりによく出来過ぎてたってのもあると思う。精巧に作られた偽物に罪は無いと思うね。本物への敬意がなきゃそれは作れないだろ。僕は偽物だったけど、とっても大事にしてた。大切なのはこれだけさ。

 第一幕がボーイミーツガール物語とするならば、第二幕はスーサイド物語とでもいうのかな。休憩中に演目が変わったんだ。やってることは同じなのに、やる意味が変わった。パパに見つかったら怒られるから、見つからないように隠したんだ、第二幕はそういう話。



 時計校に行ったんだ。二回目だったからすぐに入れた。なにも怖くはなかったね。どこかに居ないかなって探したけど、居ないのは分かってたからすぐに上った。階段を上ってる最中に気づいたんだけど、あの日の人影が僕になってたんだ。これがなにを示すのかはなんとなく分かったけど無視をした。とにかく僕は屋上に行きたかったから。

 見たことのあるドアを開けると、誰も立ってはいなかった。期待はしないようにしてたんだけど、やっぱり寂しかったね。あの時の渡辺さんを思い出すよう、僕は立った。あの日、渡辺さんは何を思ってこの場所に立っていてくれたのか。なにがきっかけでこの場所に降り立ったのか。立ち尽くすって言葉がお似合いだったよ。僕は立ち尽くした。

 風が吹いたんだ。僕を押し戻すみたいに。そしたら後ろの方で音がしたから、振り向いた。なんだか聞いたことのある音だったな。するとそこには、立ってたんだ。女の人が。遠目から見ても、女の人なのが分かった。僕はね、驚いたよ。驚いたってもんじゃなかった。見たこともないのに、懐かしい人が、そこには立っていた。それであの時の意味がやっと分かったんだ。


 幽霊だったのは、僕の方、だったんだ。


 僕の身になにがおきたのか手短に説明したいと思う。結論から言うよ。二回目が始まった。もう一度言うよ。二回目のボーイミーツガールが始まった。


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