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とても、嫌だよ

 さぁ、僕の身に一体なにがあったか一つずつ説明しようか。結論から言うよ。ダメだった。渡辺さんとラウンドワンは行ったよ。今思えばこの日が一番、楽しかったね。二日目には映画に行ったんだ。この日も悪くなかったよ。そして三日目、渡辺さんが行きたいって言うからスイーツ屋に行って、最後は公園に居たな。この日がダメだったね。四日目はないよ。五日目もない。六日目も、七日目も。この先もないんじゃないかな。渡辺さんから返信がないから。


一日目

 この日は待ちに待ったラウンドワンだね。待ちに待ったっていっても昨日の今日の話さ。夕方ぐらいに待ち合わせして、行ったよ。あえて遅れて行くべきか迷ったけど、無難に早めに着いた。少し遅れて登場した渡辺さんは、変だった。変っていうのは、こっちの話ね。昨日、見た渡辺さんが僕の目の前にいるのが、なんだかおかしかったんだ。僕は芸能人に会ったことがないから分からないけど、こんな感じなんだろうね。僕は彼女のことをよく知ってるのに、あっちは僕のことを何も知らないみたいな。片思いと似てるけど、それよりもっと一方通行で、辛くないみたいな。片思いもしたことはないんだけどね。実ってきたって意味じゃないよ。種すら植えてなかっただけの話ね。

 渡辺さんに連れられると、あれよあれよと言う間に「ラウンドワン」には着いたんだ。その間に何度かは会話をしたけど結構いい感じだったね。ほとんど無言だったけど、それが凄く僕たちにとっては自然だった。負け惜しみとかではないからね。あらかじめ前もって、どんな会話になるのかを考えていた訳ではあるけどさ、別にこれでも良かったんだ。これもプランの一つではあった。ストレートに行くなら、ここで渡辺さんの笑顔の一つでも引き出せたら良かったんだけどしょうがない。渡辺さんは難しいからね。そうだな、覚えてるのでいうと。渡辺さんが「どう、昨日はよく眠れた」って聞いてきたから、「あんまり」って答えた。「どうして」って聞かれたら「楽しみで」って答えるつもりだったんだけど、聞かれなかった。ここから先の会話も考えてはいたんだけどな。

 ラウンドワンはさ、掛け値なしに楽しかったんだよね。最初なにするのかなって思ったら、体を好きなだけ動かしたよ。バトミントンをして、キャッチボールをして、サッカーをして、疲れたからバスケをした。一組十分のタイマーが僕たちの制限時間だったね。人も多かったからさ、僕たちの入れるところは段々と限られていって、ローラースケ―トに向かったんだ。あれはたくさんの人が入れるからね。ローラースケートではさ、手をつないだんだ。うん、手を繋いだ。これがこの日の最高潮といっても過言ではなかったよ。僕はさ。ローラースケートなんてやったことがなかったから最初は乗り気じゃなかったんだ。でも渡辺さんがそんなことはおかまいなしにタイヤの付いた靴を履いてしまうから、僕も付けたことのないサポーターを肘に巻いたよ。一体何人の人が履いたのか分からない靴に足を通すのはなかなか勇気がいったね。

 渡辺さんは面白いんだ。ラウンドワンに着いてからというもの彼女はどんなことにも積極的だった。歩くのは常に早いし、遊んでる最中でも次の場所には目を光らせてて、十分の鐘が鳴るとすぐに「次、あそこ」と言って僕を振り回す。そのくせ遊びは真剣に楽しむんだ。ボールを蹴ってビンゴを目指すやつでは本気で的を狙うし、一回やるごとに反省をする。あれでハイスコアを目指す人間は彼女だけなんじゃないかな。たまたま僕の方が上手くいった時には真面目にコツを聞かれたよ。知らないよ、そんなの。そんな渡辺さんなのに、ローラースケートでは頑なにヘルメットを被んなかったね。「滑れるの」って聞くと「滑れない」って言うから「危ないよ」って言ったら「危なくない」だってさ。僕もヘルメットはダサいから付けずにいこうとしたら、渡辺さんが「付けて」って。僕だけヘルメットを被っていたから少し恥ずかしかったね。いざスケート場に立つと、あっこれはダメだなって思った。だって二人とも滑れないんだから。普通はさ、どっちかが滑れて、どっちかが滑れない方の手を引くだろ。なのに渡辺さんはコントロールできないのにふらふらと先の方に行くし、僕はそもそも立つことすらままならない。僕が必死に壁をつたって進んでいく中で、彼女は頼りないバランスで乱暴に進んでいった。また僕は渡辺さんにおいていかれたね。でもスケート場っていうのは円形になってるから、今度は後ろから渡辺さんが来たんだ。追っていたと思ったら、追われてて、僕たちは再び出会った。

「やっと、追いついた」

 渡辺さんが一周遅れの僕に言ったんだ。

「途中、派手に転んでましたよね」

 僕のまだ抜けきらない敬語を注意されるかと思ったら、彼女は笑ったよ。ずるいなって思った。すると彼女はまた僕をおいてこうとしたんだ。少し慣れた足取りの彼女が僕の前を行こうとしていた。この時ばかりはおいてかれる気分じゃなかったから、おぼつかない足に力を込めて精一杯、踏み出したんだ。そしたらさ。

「はい」

 渡辺さんはそう言って僕に手を差し出してきた。後ろ向きでね。僕は掴んだよ。頼りなかったけどね、その手は。


 ローラースケートを終えるとゲームセンターに行ったんだ。渡辺さんはそこでも楽しんでたよ。ゾンビを撃つゲームでは全力で敵をなぎ倒していったし、先に死んだ僕は怒られた。「死なないで」って言われて、ゲームっていいもんだなって思った。お腹が空いたから適当に済ませて、「なにかしたいものある」って聞かれたんだ。この時は驚いたね。別に無かったから悩んだふりをしてから無いって答えようとも思ったんだけど、悩んだら本当に出てきたんだよね。

「メダルゲーム」

 僕がそう言うと渡辺さんは少し意外そうな顔をした後に「よし、やろう」って承諾してくれたよ。楽しかったな、この日は。

 カップ一杯に入ったメダルを持ちながら渡辺さんが聞いてきたんだ。「なにやる」って。どうやら渡辺さんはメダルゲームをやったことが無いらしい。こんな渡辺さんは新鮮だったね。でも僕の方こそやるのは小学生のころ以来だったから、あんまりよく分かってなかったんだ。派手過ぎずに、近くに人がいない、人気の無さそうな台を選んだよ。慣れない手つきで入れるメダルは瞬く間に溶けていった。特に当たるわけでもなく、外れるのが見え見えな安っぽい演出に心を落ち着かせたね。僕が言った手前、少し気まずかったんだ。この日のピークは間違いなくローラースケートだったと思うよ。それをさ、ピークにしてしまったのはこのメダルゲームのせいだと思うんだ。やってる最中は終始無言で盛り上がることは無かった。残りのメダルが僕たちの時間だったわけだけど、このまま続けるには退屈だったし、かといって終わって欲しいわけでもなかった。違う台を選んでおけばって後悔があれば、メダルゲームなんて言わなきゃ良かったって無念が残った。メダルが無くなった僕たちは静かに台から離れ、居たたまれない気持ちがあってか僕はトイレに行ったんだ。僕が帰ってくると、渡辺さんの手には大量のメダルがあった。あの光景は今思うとちょっと面白かったね。片手に収まるカップどころじゃなくて、両手で持つメダル入れを渡辺さんは持って立っていた。「どうしたの」って聞くと「貰った」って言うから「誰から」って聞くと指を指した。指の先には大学生らしき男の集団がいたね。なんだか悔しかったな。渡辺さんが「やろ」って言うから仕方なくメダルゲームをやったけどさ、人から貰ったメダルほど軽いものはないなって思った。入れても入れても減らないメダルは、今度は時間だけを溶かしていったね。

 メダルが無くなるころにはもうそろそろ帰らなくちゃいけなかったんだ。これでも僕は高校生だからね。早く大人になりたいなんて思わないけど、子供のころに戻りたいとも思わないかな。子供のころに戻っただけでなにも変わりやしないと思うね。同じことの繰り返しさ。ちなみに渡辺さんも高校生だよ。歳も僕と同い年。言い忘れてたけど、時計校で会ったときに教えてくれたんだ。敬語を注意されたときに僕が聞いた。

「いくつですか」

「君の一個上」

「なんで知ってるんですか」

「嘘、言ってみただけ。同い年だよ」

「だからなんで」

「歳っていうのはね、脅迫なんだよ。聞くのも、教えるのも」

 本当かどうかは知らないけどさ、だから渡辺さんは同い年。これ以上は言わないよ。理由は分かるよね。


 時間が余るっていうのはおかしな話だよね。普通余るっていったら残るものだろ。なのに時間は減っていくんだ。余っているのにすり減っていって、いずれは無くなる。まるで人間みたいだなって思う。僕にしては少し暗いことを言ったね。でも悪いことではないと思うよ。余り物には福があるなんてつまんないことは言わないけどさ、余り物にもそれなりのプライドはあると思うね。誇りって言うのかな。それが原因で余ってるのは言うまでもないけど、磨かれていってるとは言えると思うんだ。ボクサーが減量をするのと同じだと思うね。ボクサーだって命を賭して削るだろ。でもパンチはいつまでも速いまんまなんだ。磨かれて最後まで残ったそれは案外、最も大事なものだったりするんじゃないかな。最後のあがきじゃないけどさ、美しく尽きたいって気持ちは誰にだってあるだろう。華々しく散りたいって気持ちは凄く分かるね。最後ぐらいは主人公でいたいよね。

 渡辺さんは言ったよ「どうする」って。僕は「ダーツはどうですか」って聞いたさ。僕の中ではダーツはする予定だったから言ってみた。渡辺さんも好きそうだったし。でも渡辺さんは「いい」って言って「カラオケ」って言うんだ。それを聞いて僕はこの日はじめての拒否をしたね。人前で歌うなんて、とても嫌だよ。考えただけで鳥肌が立つ。しかも渡辺さんの前でなんて歌えるわけがない。でも渡辺さんの提案を断るのも僕のボーイミーツガール作戦に反した。だから僕は黙ったんだ。そしたらさ、渡辺さんが。

「知ってる」

 僕は黙っていたはずなんだけどな。渡辺さんは僕の心の痛いところをちゃんと分かってくれる。最高だなって思った。本物のボーイミーツガールってこういうことなんだね。最後はダーツをして帰ったよ。渡辺さんは的を狙うのが好きらしい。僕はボロ負けだったな。後になって思えばダーツだけの話じゃなかったんだけどね。

 

二日目

 この日は映画に行ったよ。渡辺さんがどこに行くのか教えてくれなかったから、映画館に着くまでは分からなかった。映画はね、つまんなかったよ。特に心に残ってないかな。渡辺さんが選んだんだけど、今流行りのアニメ映画でちょっとがっかりしたかな。そういうのを観る人なんだって思って僕の理想とは違った。僕は他の暗そうなやつが良かったな。それを二人で観た後に感想を言うんだ。「最高だったね」って。二人だけの世界っていうのかな、そういうのをやりたかったんだ。

 ファミレスに行ったんだ。渡辺さんと向かい合って座るのは緊張したね。渡辺さんの顔を見るのもそうだけど、僕が見られるのにも抵抗があった。どこを見たらいいのか分かんなかったし、食べることに夢中になるしかなかった。渡辺さんが映画の感想をちょこちょこ言ってくれたから助かったよ。事細かにあそこは良かった、あそこは感動した、あそこは素晴らしかったって褒めまくっていたね。エンドロールまで褒めていたよ。「長くて感動した」って。ふざけてるのかと思ったね。でも本気だった。渡辺さんはスタッフクレジットまで映画を観ていたんだ。

 渡辺さんの好評もエンディングを迎えたんだ。観客まで褒める勢いだったけど、映画だけでとどまったね。僕たちに無言の時間が流れた。頼んだものはとっくに食べ終わっていて、喋ることも無かったね。今日はこの辺で帰るのかなって思ったら渡辺さんが言ってきた。

「なんか面白い話して」

 おいおいそんなのありかよって思った。噂には聞いてたけど本当に言う人がいるんだね。しかも僕が言われるんだね。あいにく僕にそんな技術はないからさ、あたふたするしかなかったんだ。ただ渡辺さんの顔を見てさ、無表情ともいえない顔をするしかなかったよ。

「なんか面白い話をして」

 これは今でも覚えているね。渡辺さんは「を」を付けてきたんだ。この時の威圧感って言ったら凄いもんだったよ。流石の僕もこれは逃げられないなって思ったんだ。だから必死に頭の中を探したさ。なにかこの場で出来る面白い話はないかなって。でも残念ながらなにも見つからなかった。考えてみればそうだよね。なにもしてないんだから。僕がすとんと黙ってしまうから渡辺さんも気を使って言ってくれたよ。

「ゆっくりでいい」

 渡辺さんはどうしても僕の面白い話が聞きたいらしい。もうほんとたまったもんじゃないよね。この時の僕は逆に怒りが湧いてきてたよ。渡辺さんにもだけど、自分にもね。だから僕は言ってやったんだ。

「昨日、家に帰ったら母親が電磁波は体に良くないからって、ルーターに段ボールを被せてました」

 大爆笑だったね。渡辺さんはこの日一の笑顔を魅せてくれたよ。そこからはもう僕の母親の大喜利大会さ。テレビの中の人はほとんどが偽物だ、みんなゴムマスクを被ってる、将来は働かなくてもお金が入ってくるようになる、その為にアメリカの大統領は密かに戦っている、人類は月に行ったことがない、人工災害に人肉、朝鮮人は耳たぶが無い、悪い奴らには言えない言葉がある、点と線が繋がる。

 渡辺さんはね、笑ってくれたんだ。僕という人間を。聞いてくれたんだ、僕の話を。最後までしっかりと、笑い飛ばしてくれた。

 この日はこれで終わったよ。昨日よりも、よく眠れたね。僕の考える最高のボーイミーツガールを考えなくて済んだから。僕の考えるそれよりも、ずっと素晴らしいものが今日は起きたから。明日のことなんて分かんなかったけど、今日よりずっといい日になる気がしたな。あした、てんきになれ。

 初めてだよ、こんな恥ずかしいことを願ったのは。


三日目

 渡辺さんとの最後の日は晴れだったよ。縁起がいいね。渡辺さんから「今日は、スイーツを食べたいと思います。」って来てたから「了解」って送っといた。

 時間通りに待ち合わせ場所に行くと、渡辺さんが男の人に話しかけられていたんだ。その男の人は僕よりも、かっこよくて、体が大きかったから、助けることが出来なかった。途中、渡辺さんと目が合ったから僕に気づいてすぐに来てくれたけど、最悪の気分だったね。

「ナンパだった、行こう」

 スイーツはなんにも美味しくなかったな。


 今からするのが正真正銘、最後の渡辺さんだよ。なんの変哲もない日だったけど、最後になるって分かってたらあそこで僕の足は動いたし、口は動いたね。最後の日なんてのは誰にも分からないんだ。最後にした人だって分からないし、最後にしたのがどっちかなんてのも分からない。地球最後の日なんてのも分かりはしないんだろうね。分かったら、最後になんてならないのさ。いつの間にか緩やかに終わってる。僕はそういうのがいいな。


 スイーツを食べて、繁華街を練り歩いて、手持ち無沙汰になった僕らは公園に寄ったんだ。辺りも暗かったしね。公園のベンチに二人で腰かけたよ。なかなか良い時間の過ごし方だと思ったね。

 この日の僕はさ、あの最初の一件でかなり落ち込んでいたんだよね。だって考えてもみなよ。女の子を男の手から救うなんて全人類が夢に見たシチュエーションだろ。それを僕はやすやすと見逃したってわけ。でも、それよりもショックだったのは一瞬にして渡辺さんの手を僕が引っ張ることを諦めたことさ。渡辺さんならどうにかするだろうって思ったのは本当だよ。実際に間違ってはなかった。でも、あの二人を見た時に負けたって心のどっかで思っちゃったんだろうな。これは僕が僕のことを傍観者にしてしまったってことなんだ。言ってなかったけどさ、渡辺さんって実は凄く可愛いんだ。ラウンドワンの日なんて、僕はこんな人と今からデートをするんだって内心、舞い上がっていた。ファミレスの時だって渡辺さんの正面に座るのが怖かった。この日だって僕が渡辺さんの隣に居るより、あの男が近くに居る方がよっぽど映りがいいなと思った。言ってしまえば自ら渡辺さんのボーイ役を、僕は降りてしまったんだな。観客に成り下がった。僕が主人公のはずなのにさ。


 渡辺さんが言ったんだ。

「お酒、買ってきて」

 僕はショックだったね。それと同時に喜びもしたね。

「未成年ですよ」

 僕は立ち上がった。渡辺さんの見てる先にはコンビニがあったから、僕も同じものを見た。健全な逃避行というのがあるのならば、僕たちが今からするのはそれだ。まだ手にも取ってないのに、足は少し震えてた。そんな足で三歩ぐらい進んだときだったかな。渡辺さんは、おもむろに僕の名前を呼んだんだ。

「松本君」

「なんですか」

「私はね、判定勝ちが好きなの。だって最後まで立ってる方がずっと偉いじゃん」


 さっきまで少しボクシングの話を二人でしてたんだ。一ラウンドで終わる試合の話を僕がした。別に好きでもないのに会話の成り行き上することになって、だからそのことを言ったんだと思う。座ってる渡辺さんが、立っている僕に残した言葉だ。「やっぱ帰ろう」そう言って、渡辺さんは立ち上がった。

 てっきりまだ夜は続くと思ってたんだ。飲みなれないお酒を片手に、酔ってるのか酔ってないのか分からない頭で、お互いの過去でも話すのかと思ったんだ。ブランコにでも揺られて、逆上がりでもしちゃって、具合が悪くなった二人は、いつまでも一緒に居るはずだったんだ。途中で警察が来て渡辺さんが僕の手を引いて「逃げよ」って言ってくれる気がしてた。どこに向かうでもなく、警察ではない何かから、二人で逃げたかった。手を引かれた僕は、「やれやれ仕方ない」って思いながら、こう言うんだ。

「明日はどこに連れて行ってくれるんですか」


 僕の考えたボーイミーツガールは不正解だったみたいだね。正解は渡辺さんの後ろを、おいてかれないよう、歩いて帰ることだった。最後の言葉は覚えてないよ。なんてことない「じゃあね」とかだったと思う。

 次の日になっても連絡は来なかった。次の日も、次の日も。これが世に言う、ふられたってやつなのかな。だったらこれが僕の初めての失恋になるのかもね。好きだったのかは分からないけど、好きになるのが決まってたのは分かる。時間にしてたったの三日だけど、僕は渡辺さんに恋をする予定だった。

 もうあれから何日が経ったんだろうね。数えてない。また僕の目の前には変わらない景色が広がってた。こんなにも部屋の天井は灰色だったんだと思い知って、あの時見ていたものが幻だったことに気づいた。

 この日も僕は渡辺さんの幻影を追いながら眠りについたよ。あと何日で追いつけるのかな。時間ならたくさんあるから、いくらでも歩いていられる。ただ一つ問題なのは、僕が歩いてないってことだけさ。

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