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零れ落ちる

 ドアを開けると女の人が立ってたんだ。僕はびっくりしたね。びっくりしたってもんじゃなかったよ。時計校の屋上には先約がいたんだ。最初は幽霊かと思った。一応、時計校には幽霊が出るっていう話があったからそれを思い出した。僕は高いところを求めて来ただけだったから、気にもしてなかったけど一瞬で今までの噂話が頭を駆け巡った。時計校には幽霊が住んでいる、階段を駆け下りる音が聞こえた、上からプリントが降ってきた。僕の行っていた高校ではこんなことが噂されてたね。

 金縛りにあったかと思った。足が動かなかったんだ。女の人は向こうの方で凛と立っていて、僕は後ろ姿をずっと見ていた。長い髪が印象的だったから、僕の目はそこにいった。彼女の髪が綺麗に揺れてるもんだから、どっかで読んだ本のまんまだなって思った。そしたら僕の後ろで音がしてまた驚いた。ドアが閉まる音だったから、閉め忘れていたことに気づいた。その音で幽霊は僕の方を向いたんだ。おかしなことに、彼女の顔は驚いてる気がしたんだ。全然、顔なんて見えないのにさ。だからそこで僕は幽霊じゃないって思ったんだ。だって幽霊は驚かないだろ。脅かす側なんだから。そしたら彼女は僕の方に近づいてきた。一歩一歩って来るごとに僕の心臓は高鳴ったね。彼女の顔が段々と鮮明になっていって、あっちが近づいてくるのに、こっちが向かっていく感覚になった。金縛りはまだ解けてないのにさ。

 彼女はさ、僕のことなんて気にせずに歩いてくるんだ。だから僕の目はいつもよりも活気に満ちた。あっという間に彼女は僕が手を伸ばせば届く距離まで来て、それで僕は、ほっとしたんだ。彼女の印象がそのまんまだったから。綺麗な彼女はこう言ったよ。

「いいペンダントつけてるじゃん」

 完璧なボーイミーツガールだったね。


 名前は『渡辺』さんって言うらしい。ちなみに僕の名前は『松本』。あの後、僕と渡辺さんは連絡先を交換したんだ。どうやってって思うかもしれないけど、そんなのは自然にさ。「ここでなにしてるんですか」って聞いたら、「なんで敬語なの」って。「なんとなく敬語の方が楽なんですよ」って言ったら「君は自分を見せれない人間だ」って。ドキッとしたね。これは恋に落ちる方のドキドキではなくて、あれなんか怒らせちゃったかなとか、どうにかして出した言葉を取り消せるよう苦し紛れに取り繕ってる方のドキね。彼女は続けざまに言ってきた。

「敬語で自分を隠してる。そうやって自分を隠して生きてきたんだね。今まで。そんなに自分を魅せるのが怖いかい少年。そんなに自分を見られるのが恥ずかしいかい少年。私は君みたいな子が大嫌いだ。話していてもつまらないから」

 開いた口が塞がらないとはこのことだったね。はっきり言って彼女に対する第一印象は最悪だったよ。こっちの言ったことには、どこかずれたような返答が返ってくるし、彼女との会話はどこか疲れるんだ。僕のリズムが崩されるっていうか、僕の中にあるテンポが、常識が、通用しないんだ。彼女の言葉は何故か血の通ってない印象を受けたし、でも時折、ずっとその顔をしてればいいのになってぐらい素敵な笑顔を魅せるんだ。惜しいなって思ったよ。

 彼女の見た目はそうだな。綺麗だったよ、凄く。でも決して美人ではないんだ。これはいい意味でね。美人かそうじゃないかで言えばもちろん美人なんだけど、美人って言われないよう努力をしてる美人っていうのかな。一分で作れそうなカールのした前髪に、服なんて興味ないんだろうなっていう今風の服を着ていた。あの、真ん中に花がプリントされてるTシャツね。髪型だってもっと似合うのがあると思ったよ。つまりは、話しかけやすい美人ってことさ。助かったね。美人は好きだけど怖いからさ。

 そしたら彼女は急に聞いてきたんだ。「ねぇ、連絡先教えて」って。僕は首をかしげたよ。そしたらもう一回。

「ねぇ、連絡先教えて」

 普通、そのまんま同じことを言うかな。僕だったら言わないね。彼女はさっきと全く同じことを、同じトーン、同じ顔で、間髪入れずに言ってきたんだ。時間が巻き戻ったのかと思った。もしくはデジャブ。彼女はさ、自分の言うことに迷いがないんだ。自分がここにいることは当たり前のように振舞うし、自分の口から出た言葉を疑わない。僕とは違って、呼吸が凄く上手なんだ。僕は迷いながらも必死に返した。「なんで」って。

「明日、行きたいところがあるの」

 僕はまた迷いながらも言うんだ。

「だから、どうして」

「君を誘おうと思って」

 彼女の返答はとにかく早い。僕が遅いだけとも言えるけどそれにしても早かったね。

 僕の場合はさ、別に頭に浮かんでない訳じゃないんだよね。返す言葉が。逆でさ、言葉が浮かびすぎるんだ。その中から必死に選ぼうと手には取るんだけどそれらはまた、二つに枝分かれしていって手から溢れ出す。そうなると、今度は言わなくていいことを探し出す。それらを一つ一つ丁寧に吟味しては、はじいていくと、あら不思議。全部、無くなっちゃう。さっきまでたくさんあったものが、贅沢に零れ落ちていったものが、一つも手には残っていない。だから僕は喋れない。呼吸が上手く出来ないんだ。

「君を誘おうと思って」

 また彼女は同じことを言ってきたよ。僕が聞こえてないのかと思ったのかな。だったらそれは優しさだね。だったらその優しさに応えないとね。でも大変なことに僕にはもうそのすべが残されていなかった。さっき全部無くしちゃったから。だから今度は彼女を見習うことにしたんだ。彼女の言葉を聞いて、一番最初に浮かんできたものを口から出そうと思った。彼女みたいに。それはくしくも僕が一番最初に捨てたものではあったんだけどね。

「どこに行くんですか」

「ラウンドワン」


 僕の一呼吸にも満たない早さだったな。


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