不思議な不思議なペンダント
母親からネックレスをもらった僕は途方に暮れてたんだよね。目の前が真っ暗になったっていうか、心の中にあるもやもやに対応しきれなくなったっていうか。考えないようにしてたのが出来なくなったとも言えるし、逃げてたものに追いつかれたとも言える。ここでも僕は限界を迎えてしまったんだな。我ながら弱い人間だと思うよ。ほんとに。
そんな僕だけどなにを思ったのか時計校に行こうと思ったんだ。本当は誰かに誘われて行きたかった。理想は誰かに誘われて嫌々、行きたかったんだ。そんなの興味ないからとか言って、二回ぐらい断ってから渋々行きたかった。でもそれも、もう叶いそうにないなって思ったんだろうね。これといってしたいことのない僕だけど、時計校だけは行ってみようと思った。正直、高いところならどこでも良かったんだ。ぱっと思いつくところが時計校だっただけ。先に言っておくけど変なことを考えてたとかではないからね。ただ高いところに上ってみて、なにか変わるかなって思ったんだ。今になって思うと相当弱ってたんだと思う僕は。誰かに助けを求めるとかはしたことがなかったし、助けを求めようとも思わなかった。かといって救われてたわけでもないけど。初めてだったんだ。こうやって自分で自分に救いの手を差し伸べるっていうのがさ。結果的にこれが僕の人生で最良で最悪の選択になるわけだけど、例えるならそうだな、プレゼントを贈ったんだ。嫌いな人に。その人は凄く喜んでくれたよ。だってそれは、その人が欲しくて仕方のない物だったからね。好きな人よりも、嫌いな人の方が理解しているものなんだ。僕は喜ばれたいが為に贈り物をした。嫌いなのにさ。そういう感じ。
念願の時計校にはあっさり行けたよ。なにをこんなにためらってたんだってぐらい簡単に行けた。隣町にはバスが通ってるからそれに乗って行っても良かったんだけど歩きたい気分だったんだな、僕は。
リストカットって言葉があるだろ。少し古いか。今だと風邪薬を大量に飲む人がいると思うんだけど僕はあの気持ちが少し分かった。結局は自分を慰めてるんだなって思ったよ。僕はどっちも経験がないし、しようとも思ったことはないけど、根本は同じなんじゃないかなって。どうにかして自分に哀れみをかけたくて、それがただ時代によって変わっていくだけで、根っこの部分は同じなんだなって。自分の頭を撫でてる。それで運が良ければ優しい誰かが心配して駆け寄ってくれるだろ。実際のとこやり方なんてのはなんだっていいんだ。カッターを手首に当てたって、薬をお酒で流し込んだって、歩いて日本一周をしたって、みんな自分で自分を労わってるだけ。痛々しくね。
時計校は面白いぐらいに僕の思っていた通りの場所だったよ。上を見ながら歩いていくと、止まらない時計が見えてすぐに場所が分かった。周りには草が生い茂っていてまるで学校を隠してるみたいだった。平日の朝なのに誰もいなくて、声も聞こえない。校門も閉まっていて、どこも明るくはなかった。
困ったね。これは色んな意味があるんだけどひっくるめて言うなら衝動的に来てしまったってことになる。僕にしては珍しく先に身体が動いたんだよね。どんなことをしようにも頭が先頭で身体がおいてけぼりになる僕だけど、今回ばかりは柄にもないことをしたなって思った。来てみたはいいけど何をすればいいのか分からなかった。高い所に行きたいんだからさっさと中に入って、階段を登れよって思うだろうけど怖かったんだ。もし誰かに見つかったらとか、そんな普通なことを考えてびびってた。こんな時、お酒が飲めたらなって思ったよ。いや違うか。お酒が飲めるような人間だったらなって思った。そういう人間なら、お酒が無くたって躊躇せずにこのフェンスを飛び越えられるだろし、秩序とかルールとか体裁みたいなものに、いちいち手足を縛りつけないで進み続けられるんだと思う。あの時計みたいに。心底、羨ましいなって思ったよ。その反面、清々しいほどの嫌悪感を抱いたよ。
そうこうしてると僕はふてくされてポケットに手を突っ込んだんだ。そしたら不思議なことに、不思議なペンダントが入ってた。付けたらあっさりフェンスを飛び越えられたね。だって思考が読まれなくて済むんだから。ほんとにさ、弱い人間だよね。自分っていう僕って人間は。