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あてもなくさまよってたとか、運命とか

 実は恥ずかしながら僕は学校に行っていないんだ。いわゆる引きこもりってやつ。高校一年生までは行ってたんだけど高校二年生の春に行けなくなった。もう一か月ぐらい行ってない。理由は風邪をひいたから。笑わないでほしい。結局は限界だったんだと思っている。理由なんてのは後付けで、それまでに至る過程が大事な訳で、それが結果的に風邪だっただけで。風邪じゃなくても、僕は絶対にどっかで行けなくなっていたはずだ。

 ほんと単純な話でその日は風邪をひいたんだ。朝、目が覚めて体が上手く動かせなかった。喉が痛くて、頭が重かった。でもおかしなことに僕はどうにかして学校に行かなくちゃって思ったんだ。怠い体を引きずって、痺れた右手で歯を磨いて、ぐらぐらと制服に着替えた。それで玄関のドアに手をかけた瞬間、僕は気付いた。休んでもいいんじゃないかって。今になって思えばこれが悪魔のささやきってやつだったね。いやむしろ天使であるはずなんだけど。残念ながら僕は悪魔にしてしまったんだ。

 そこからは、はやかった。急いで学校に連絡をして制服を脱ぎ捨てた。思うがままにベッドへ飛び込んだ。学校を休むのなんて小学校の時以来で、僕は文字通り胸が躍った。中学生のころは皆勤賞で、高校だって休んだことがなかったから、数年ぶりの欠席だった。別に学校が好きだった訳じゃない。休むのが怖かっただけだ。休んだら知らない世界が待っている気がした。今まで頑張ってきたものが綺麗に崩れ去ってて、見たことのない景色がそこには広がってて、僕の居場所なんてどこにもないような気がしてた。僕と学校の関係なんてものはそんな薄っぺらい首の皮一枚で繋がってたってわけ。首の皮一枚って言葉はいいよね。それでも生きてるんだから。



 「タバコは緩やかな自殺」っていう言葉が出てきたから僕は読んでいた本を閉じた。もう二度と読むことはないだろうけど本棚にはちゃんとしまっておく。ほんとどうしてなんだろう。なにが緩やかな自殺だ、なにが煙で顔を隠すだ。僕はそういうの全部が、白々しく思ってしまう。


 自殺って聞くとちょっと優しい気持ちになる。これはまだ僕が限りなく幸せに近い頃の思い出が関係してくるんだけど、幼かったころの話。

 ふと起きた朝に部屋のカーテンから外を覗いたんだ。ふと起きるって言葉を僕はあまりよく思わないんだけど、でもどうしようもないよね。ふと起きたんだから。強いていうなら、あてもなくさまよってたとか、そういった感覚に近いかな。とにかくカーテンから外を見たんだ。すると驚くことに、人が立ってた。屋上に。屋上っていうのは少し遠くの建物のことなんだけど、そこには人影があったんだ。僕は幼すぎてその行動の示す意味が分からず、ずっと一人で見続けてたんだけど、ほどなくして落ちたんだ。その影は。近くの建物に遮られて、落ちてった影の行方は分からなかったけど、僕はその影みたいに、ぴったりとその場に立って見てた。子供でも落ちたらどうなるかは分かったから死んじゃったんだなって思ったよ。

 後になってそのことをまだ優しかった母親に聞いたんだ。彼女は優しく僕に声をかけてくれたよ。「怖かったね」って。僕は正直、全然怖くなかったから返事に困ったんだけど、母親は勘違いしたかのようにこう言った。

「死んじゃうのはダメ。この話おしまい」

 よく喋る彼女がこの時に至ってはすぐに話を終わらせようとしたから僕は逆に気になったんだ。「死んだらどうなっちゃうの」って。そしたら母親は「分かんない」って言った。少し機嫌が悪くなったのを感じたよ。だから聞かなきゃ良かったって思った。

 その日の夜だったかな。眠りにつこうとしてたんだと思う。ベッドで僕がうとうとしてたら、母親がベッドに入ってきた。そんなこと初めてだったから僕は焦って何故か寝たふりをしたんだ。そしたら彼女は僕の頭を撫でてこう言ってきた。

「死んだら時間も場所も関係ないとこに行くんだよ」

 あれはいい気分だったね。あったかくて、優しくて、すぐに僕は眠りについたよ。母親がベッドに入ってくるのは、あれが最初で最後だったけど。



 過去の思い出に浸っていたらお腹が空いたんだ。だから僕はキッチンに行った。冷蔵庫のドアを開けると食べ物がなにも無かったから、僕はコンビニに行こうと思った。服を着替えて、靴紐を結んで、玄関のドアに手をかけた。すると母親が駆け寄ってきた。

「学校行くの?」

 彼女には僕が学校に行くように見えてるらしい。

「行かない。コンビニ行ってくる」

「あっそう」

 僕は逃げるように今度こそドアを開けようとすると、また母親が声をかけてきた。

「まってまって」

 そういって彼女は小走りで僕から離れ、なにかを手に持って戻ってくる。

「良かったらこれ持って行って。思考読まれなくて済むから」

 彼女から受け取るとそれはネックレスだった。いやペンダントか。でもそれは僕ぐらいの子が付けてるようなものとは大きく違っていて彼女の手作りなのが分かった。透明な石みたいのが特徴的で、そこに銅色のコイルが巻き付いていた。コイルはチェーンの役割もしていて首からぶら下げられるようになっている。

「気をつけて、いってらっしゃい」


 さっきも言ったけど理由なんてのは後付けなんだ。なるべくしてそうなっている。それが僕の持論だ。だから決して僕は僕の身に起きたことを誰かのせいにしたいとかじゃない。僕がこうして今、時計校の階段を登っているのも、一段登るごとにあの時の思い出に色が足されていくのも、あの日の人影が僕に手をふっているのも必然。運命って言葉にも言い換えられるかな。運が悪かったって言ったけど運命も半分は運だしね。二択を外したら運命なんだよ、それはきっと。死のうと思ったわけではない。でも死んじゃうかもなとは思った。だから僕は時計校に行ったんだ。それも運命だったから。


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