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動かない景色

 良くない家庭で育った。暴力こそなかったがその他はほとんどあった。父親と一緒に住んでいた時はすごく貧乏だった。僕は百円のウィンナーをおかずにご飯を毎日食べてたし、母親は一食三十円のパスタにケチャップをかけてよく食べてた。だから僕はウィンナーが食べれない。常にお腹が空いてたのは覚えていて給食が僕の命綱だった。両親の喧嘩も子守唄みたいなものだったから慣れてはいたんだけど、段々と眠れなくなっていった。お互いの罵りあう声が、壊れていくものが、日に日に増していった。父親は家に帰らないし、母親はいつも僕に父親の悪口を言ってた。だから母親が離婚するって言ったときは嬉しかったんだ。やっと二人で普通の人生が送れるって。みんなが持っているものを僕もやっと持てて、もう一人でつまんない本を読まなくていいんだと思ったらワクワクした。

 ここからがダメだった。

 端的に言えば父親の気持ちが分かってしまったんだな、僕が。どうしてあんなにも家に帰らなかったのか、どうしていつも不機嫌だったのか、どうして母親を怒鳴っていたのか。簡単な話で母親にも問題はあったからだ。

 僕の母親は孤独な人だった。これは母親が悪いとかではなくて、もうそういうものだったって今の僕は思ってる。彼女はどこにいっても上手く馴染めない人で、彼女が仕事をしない理由がやっと分かった。彼女は何に対しても文句を言って周りのせいにする人間だった。思えば僕は彼女の作る料理を一度も食べたことはなかったし、彼女は僕に箸の持ち方を教えてはくれなかった。寒くないのに寒い、暑くないのに暑いと言って、僕は彼女が分からなくなっていった。

 次第に僕は彼女との生活に嫌気がさし、悲しくも必然と父親と同じ行動を取りつつあった。彼女と喋ると喧嘩になるから喋るのをやめたし、彼女と喋っても時間の無駄だと本気で思ってた。だから僕はつまらない本をまた読み始め、好きでもない音楽で耳を塞いだ。

 そんな環境が母親をおかしくしてしまったんだと思う。これは僕の責任だ。

 ある時、母親が居間でテレビを見ていたときのことだ。僕は机の上のいつも母親が買ってくる、美味しくもない、食べ飽きたお菓子を取ろうとしていた。そしたら母親は僕の顔を見ながらこう言った。

「この人、本当は男だよ」

 母親の手はテレビを指さしていた。テレビには最近よく見る女性芸能人が映っていた。

 久しぶりに見た彼女の顔は別人のように思えたね。


 全部が全部、環境のせいにする訳じゃない。僕に友達がいないことだって、母親がおかしくなったことだって、僕がもう色々と諦めてることだって。やりようはいくらでもあると思うんだ。今からすっごい勉強すれば未来は変わると思うし、アルバイトをして、お金を貯めて、家を出れば、未来も少しは明るいと思う。友達だって過去に数人はいたから恥ずかしいけど連絡をすれば何か起きると思うね。しないけど。だから結局は僕のせい。怠惰な僕のせい。現状に甘んじて、なにも努力をしようとしないで、自分のことを不幸だと思っている僕のせい。頭では分かってるんだけど、体は一切動かさない。動かないんだよね。なんかもう。だから僕は今日もこうして、好きでもない音楽をかけて、つまらない本を閉じて、変わらないベッドの上からの景色をいつまでも眺めてる。

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