偽物のアナウンス
もう知ってると思うけど、ここからは本当の意味で渡辺さんの追体験になるんだ。渡辺さんと過ごした日々が、そのまま井上との日々に置き換わるといってもいい。僕が僕との日々を送る、なんて言い方もできるね。
それにしても、時計校もなかなか味なことをするよね。はたまた、いい迷惑とも言えるよね。時計校の針が止まらない理由が、僕には分かったよ。僕たちはみんな短針だったんだ。そして今、僕は長針になった。急になにを言いだすんだって思ったかもしれないけど、とりあえず聞いてみてよ。
時計の針は戻らない、なんてよく言うけど、僕から言わせれば戻るね。何度も、何度も、戻っていく。いまいた場所から進み続けては、さっきまでいた場所に帰っていく。そのあいだに繰り返し針はすれ違うわけだけど、その針こそが、僕たちだったんだ。
僕は今まで短針だったよ。進むのが遅いから。でも今は長針。進み方を知ったから。何をすればいいのかが、やっと分かったんだ。渡辺さんが僕にくれたものを、僕も渡せばいいだけ。それが壊れているとしても、壊れてないように見せればいいだけ。
どうして時計校の針は止まらないのか――なんてのは、僕には知らないよ。むしろ僕からすれば、どうしてみんなは時計校もないのに出会ってるの、って思うくらいだ。そっちの方がよっぽど不思議だね。僕たちの方がよっぽど理に適ってる、とさえ思う。
だから余計なお世話なんだ。
だからこれは、偽物のボーイミーツガール。
第二幕が始まる前に、少しだけ『幸せ』の話をしようか。これは僕からのアナウンスだと思ってくれていい。
幸せには、二つの単位があるんだ。完成度と幸福度ってやつ。
完成度っていうのは、みんなが思う幸せの形にどれだけ近いかってことを表すよ。幸せって何、ってみんなは言うけど、そんなのは調べることをおすすめするね。幸せってのは、答えが出てるんだ。昔の偉い哲学者たちが、もう既に導き出してくれてる。だからね、何個か書き出してみて、それに自分が当てはまってるかチェックしてみればいいよ。たくさん印がついたなら幸せさ。幸せは考えることじゃなくて、決まってるものなんだ。
じゃあ幸福度は、って話だけど、これは完成度とはまったく別の重さなんだ。
愛する人がいて、子供がいて、犬がいる――幸せだよね。相当、幸せの完成度は高いと思う。
一方で、お金が無くて、一人ぼっちで、外にも出ない――完成度は相当低いし、幸福度も低い。
でも、そんな人に運命の人が現れたとするよ。
その人は、生きてきた全部に意味があったって思えるんだ。
おもしろいことに、このときの幸福度っていうのは、どれだけ完成度の高い幸せを送っていても勝ってしまう。
僕はね、疑ってしまうほどの完成された幸せの先には、幸福なんて無いと思ってるよ。あまりの眩しさに目が開けられなくて、体を貫くような幸福度っていうのは、完成度が低ければ低いほど鮮明になるんだ。
おかしなことに完成度と幸福度は比例しない。
ある一定のラインを下回ると、そこにはとんでもない幸福が待ってるんだ。
でも勘違いはしちゃダメだ。
その幸福の先にも、完成形は待っていない。
要はバランスが大事ってこと。傾かない為の、バランスがね。
僕に訪れた最初の出会いは、相当に完成度は高かったと思うね。でも、二回目に訪れたそれは、なかなかに幸福度は高かった。まどろみの中で見る光ほど眩しいものはないように、二回目のボーイミーツガールは、どこまでも本物だった。
さぁ、第二幕が始まるよ。たくさん練習したから、上手く出来るといいな。
今から始まるのは、もう僕の話じゃない。
井上の物語だ。
彼女にはできる限り、楽しんでもらいたいね。
そして先に謝っておくよ――ごめんねって。




