表
先生、両親から色々と聞いたでしょう?
妹の美子には、小さい頃から困っておりますのよ。
え? エピソードを色々と聞きたい?
勿論です。あぁ、もっと早くに診てもらうべきだったのよ。体裁を気にしていなければ、まだ良い未来だったのかもしれません………。
美子は、小さい頃は同い年の周りの子よりも小柄でしたの。
二歳差しか離れておりませんでしたけれど、小柄だから私が守ってあげなきゃとよく思ったものです。
私も両親も、それはそれは可愛がりました。
それに、美子は甘え上手でしたわ。
……思えば、それが良くなかったのね。
あぁ、申し訳ございません。
話が逸れてしまいました。
例えば、ですわ。
私が十、美子が八歳の頃だったかしら。
お母様のお友達と、そのご子息、ご息女と気軽な集まりをした時です。
私は、とあるご息女から、知り合った記念としてお菓子を頂きました。
たしか、焼き菓子だったかと思います。
それを、美子が欲しい欲しいと言い出したのです。
私、とっても恥ずかしく思いました。
ご息女は苦笑いされて、美子の分も渡して下さったのですが、美子は二個とも欲しいと、それでも私の分を欲しがったのです。
もう、私、顔が真っ赤になりました。
とにかく私の分も渡して、そんな我儘お友達の前で言わないで頂戴、と小声で叱りましたわ。
けれど、美子は全く聞いてないのか、二個ともしっかり手に持って……、私の妹、とっても焼き菓子が好きですの。お恥ずかしいですわ、と言ってはみたけれど、なんて躾のなってない妹なのかと思われたでしょう。
また、ある時は、私の家庭教師に教えてほしいと駄々をこねました。
私と一緒に勉強させてほしい、と。
年齢が違うのだから、同じ内容のお勉強は出来ないのですよ、貴方にはちょっと難しすぎるから、と私は優しく諭したのですが、一向に聞き入れてもらえません。
お父様もお母様も、どうしようか悩んでいました。
私がどんなに説明しても聞き入れてくれないものですから、ついにお父様が折れて、一緒にお勉強することになったのです。
そして、私の家庭教師の方に、私と、美子の二人を一緒に教えていただくことになりました。
妹の我儘で、家庭教師の方にもご迷惑をおかけして……、私は申し訳なくって、なるべくご負担にならないように質問を極力控えるようにしました。
美子ったら、基本的なことから、色々質問するものだから、家庭教師の方が忙しくなってしまって……。
えぇ、少しだけですが、物事を理解するのに時間がかかる方ですの。
ですから、自然と家庭教師の方も、美子の方に多く時間を割くようになりまして。
そんな事もございましたわ。
特に、私が困ったのは、一年前の出来事です。
私に婚約者の方ができまして、そのご挨拶を兼ねてお食事会がありました。
えぇ、お父様とお母様が選んで下さった方で、私はそのお食事会まで会ったこともありませんでした。
その時に着ていく着物をせっかくだから、とお母様が呉服屋さんへ連れて行って下さって、新品の、とても綺麗な空色の着物を買って下さいました。
髪型や合わせる帯なんかも、お母様とお店の方にたくさん相談をして決めたのです。
正直なところ、私はその時、婚約者が出来たことに嬉しくて、油断しておりました。
ご挨拶ですから、妹である美子も勿論出席する必要があります。
しかし………、お食事会の後、まさか、婚約者の誠一様と二人でお散歩をしましょうとなった時に、美子も行きたいだなんて思わなかったんです。
あぁ、今思い出しても恥ずかしいです。
誠一様と、誠一様のご両親の唖然とした顔は今でも忘れられません。
お父様とお母様も、さすがに美子に甘過ぎますわ。
まだ幼くて申し訳ありませんと言いつつも、駄目と言わなかったのですから。
美子はその時は十五、今ではもう十六歳です。いい加減、分別がつくようにならないといけないのに………。
結局、三人でお散歩をしました。
美子は笑顔で色々と誠一様に質問をしておりましたわ。
唯一の救いは、誠一様はとてもお優しい方で、美子に丁寧に接してくれたことです。
しかし、姉の婚約者とは思えない距離感に、私はとても嫌な予感がしました。
私、美子のことは好きですのよ。
どんな子であっても、妹ですもの。
でも、さすがに婚約者まではお渡しできませんわ。
誠一様とは、とても良い関係ですの。
私は勿論、誠一様のこと尊敬しておりますし、その………お慕い、しております。
誠一様にも、とても良くしてもらっておりますわ。
けれど、美子は最近どうしても誠一様のお側にいたいのか、誠一様が我が家に来て下さった時には、必ず部屋に来てしまうのです。
誠一様も、はっきりとは断りにくいのか、受け入れておりますが、流石に限度というものがあります。
先生、おそらくですが、美子は………。
美子は、精神的な何かが、他の方と違っているのでしょうか。
言葉で注意し続けてきましたが、未だにこのような状況なのです。
私も両親も、もうどうすれば良いのか分かりません。
どうか、先生。
美子のことを、正直に伝えてしまってかまいません。
私達家族はもう受け入れる覚悟はできております。
ですので、どうか診察をお願い致します。