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 放課後、図書室。


「あった!」

 いつもの角の本棚に、「嘘の世界」の本が置いてあった。僕のポケットには、しおりにした「青いもみじ」が入っている。それを取り出して、両手で包み込んだ。祈るように目を閉じる。

(ライ、キミの世界に僕を入れて。僕のことを信じて)

 強く願うと、僕の周りを青い光が包み込んでいく。次第に僕の身体は重力を感じなくなり軽くなる。次の瞬間、雷が落ちたかのような激しい光が走り、その眩しさで一瞬目を閉じた。暫くして目を開けるとそこは、数日前に僕が体験した「嘘の世界」へと移り変わっている。

「入れた!」

 思わず声に出してしまった。僕の声に怪訝そうな顔をしてみせる嘘の世界の人々が、ちらほらと通り過ぎていく。入れてしまえばこっちのものだ。僕は、この世界のどこかに居る僕のライを探しはじめた。

 僕がここ数日、本の中に入れなかったことにも、今、中に入れたことにもきっと意味があるはずだ。僕はそれを知りたいと思う。


 アユナライに会えたことにも、意味がある、

 物事に意味のないことなんて、ないんだ!


 みんなが近寄らない黒髪天狗の古城より、離れたところに僕は今居るらしい。見た感じの景色からそう推測した。古城の周りには湖があったけど、この辺に水源はなさそうだ。町並みを歩いていくと、建物の窓に目がいった。お店の窓に映った自分の姿を見てみると、僕は驚いて足を止めた。髪色が、金髪になっているのだ。

「何これ。僕……だよね?」

 自分の髪に触れてみる。髪型は同じだけど、完全に黒い色素が抜けた金髪の色に変わっていた。まるで外国人さんにでもなった気分だ。窓に近づいて、自分の姿をよく観察する。その背後から、ひとつの人影が近づいて来た。

「黒髪天狗と間違われたら大変だからね」

「ライ!」

 背後に立っていたのは、僕より少しばかり背の高い、僕のライだった。ライは、酷く疲れた様子に見える。何が彼をそこまで疲弊させたのだろう。心配になって、振り返って声をかけた。

「どうしたの? 大丈夫?」

「少し休みたい。それにしても……何で戻って来たの?」

「学校で、アユナライに会ったんだ」

「……今、ライは多くの異世界人を探しているからね」

「歩奈さんもこっちに?」

「きっと」

 ライの表情は厳しかった。何か、苦虫を噛み潰すような顔をしている。鈍い僕でも分かる。ライは、僕に何かを隠しているんだ。教えて欲しいけど、無理に聞いてもすんなり教えてはくれないだろう。何故かそんな気がした。

 僕が悩んでいる様子を見て、ライは軽く嘆息する。西の空が暗がりになって来たのを見て、僕の手を掴む。その手はとても冷たかった。

「もうじき夜だ。ボクの家がすぐにそこにあるから。家に行こう?」

「キミのパパとママも一緒?」

「いいや」

 ライは顔をフルフルと横に振った。そのまま歩き出す。

「ボクには家族なんていないんだ」

「ひとりで暮らしているの?」

「ライの世界では珍しくない光景だよ」

「なんで?」

「さぁ、なんでかな。気づいたときには“ライ”としての運命が課せられていたんだ」

 ライが言うには、生まれた瞬間から赤ちゃんではなくこの姿だったというのだ。小さな子ども時代の記憶もなく、中学生くらいのこの姿で自我が目覚めた。ライの全てはまるで、ツクリモノであるかのように。全てが「出来上がっていた」のだ。

「パパやママが居ないだなんて……」

「いや、居るのかもしれない。けど、知らないんだ」

「……今まで、寂しくなかった?」

「この身体の中身は空っぽなんだ。器でしかないボクたちに、そんな感情はないよ」

「……僕は、寂しいな」

 ライの実状を聞いて、僕は胸が締め付けられるような感覚に陥った。思わず俯いて、目を少し閉じる。そんな僕を見て、ライは心配して上から言葉を掛けてくれる。

「奈津。キミを呼んだのはボクだけど、キミを危険な目に遭わせたくはない。朝になったら元の世界に帰るんだ」

「ダメだよ! まだ、歩奈さんにも会ってないし」

「もう手遅れの可能性だってある……」

「えっ?」


 黒髪天狗は嘘が嫌い。

 ホンモノの人間はもっと嫌い。

 見つけ次第、喰らってしまえ。


「それも、昔から伝わるライの世界の言い伝え?」

「うん。アユナライって人も、何か言ってたの?」

「うん」

 僕たちは歩いて、ライの家まで向かった。十分くらい歩いたところに小さな一軒家があって、そこがライの家だった。表札とかも何もない。ただ、白い壁のシェルターみたいな小屋に僕は案内された。玄関ドアを開けると、一室だけの空間がある。

「脅威となりえる異世界人を、見つけては消してしまう。それが黒髪天狗だ」

「ここがたとえツクリモノの世界だったとしても、ボクはもう関わりをもったんだ。放ってはおけないよ」

 ライは困ったように眉を寄せて、僕の頭を軽く撫でた。子ども扱いされているようで気にはなったけど、ライの好きにさせてみた。しばらく僕の髪を撫でた後、ライはゆっくり口を開く。

「……そんなキミだから、ボクはもみじをキミに託したんだ」

「ん?」

「いや、なんでもない」

 なんでもない。

 そういうライは、どこか哀しそうに笑っていた。


 ライは嘘つき。

 本当のことなんて何もない。

 発する言葉も、見た目も嘘しかない。


「?」

「本当の敵は、黒髪天狗なのかな。それとも……なんて。そんなことを考えたりもするんだ」

「ライは僕たちの味方なんでしょう? 側にいてくれる。それなら、ライが悪者のはずがないよ」

「そうだといいんだけどね」

 僕は心のどこかで察した。ライは、僕の知らない何かを知っている。それを隠していることにも勘付いた。

(本当の敵って……黒髪天狗以外に、何があるの?)

 僕にはまだ、知らなきゃいけないことが他にもあるんだ。それが分かった瞬間だった。

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