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「う……うーん」

 次に目を開けたとき。そこは、僕の知らない世界が動いていた。図書館に居たはずなのに、ここはどう見たって外だ。それに、建物がどうも洋風だ。建ち並ぶ家々は、ヨーロッパの街並みのように見える。

「ゆ、め……?」

 僕とすれ違っていく人たちは、みんな異国の姿をしている。髪は金髪の人が多いし、目は青い人が多い。どう見たって日本人の容貌ではなかった。だから、僕はきっと夢でも見ているんだと思った。

 とりあえず、目が覚めるまで近くをうろうろしてみようと思って、僕は歩き出した。そういえば、手に持っていたはずの本も消えている。さっきまで、手には重みを感じていたと思ったのだけど……無いものは仕方ない。僕は手ぶらで歩き出した。

 見たことのない世界だし、書かれている文字は英語に見えるだけで実は全然違う象形文字かもしれない。英語が苦手な僕には、見分けることがちょっと難しかった。行き交う人は、僕を異質なものを見るような目を向けては、知らんぷりして通り過ぎていく。一応、僕の姿は見えているらしい。

 文字は読めないけど、異国の人たちの会話はしっかりと聞こえていた。日本語に翻訳されているようで、何を言っているのか完璧に理解できる。これは、夢特有のチート技だ。

(すごいなぁ。そういえば、ここを曲がると古城があるんじゃなかったかな)

 僕がそう思ったのは、この世界をどこかで見たことがあると感じたからだ。僕が好んで読んでいた小説、「嘘の世界」の描写にとても似ていたのだ。嘘の世界に出てくる文化が、ここでは反映されているらしい。

「ほら、あった!」

 やっぱり、とでも言いたげに僕は立ち止まって古城を右手で指さした。古ぼけた城は黒土のレンガで造られていて、今は誰も住んでいない……という設定だ。ただ、夜な夜なこの古城で、幽霊を見るという噂もあるらしい。今は太陽が出ているため、幽霊騒ぎも起きないだろう。

「嘘の世界に入り込んだみたいだ」

「みたい、じゃなくて……ここは嘘の世界そのものだよ」

 不意に僕の背後から声がした。びっくりして僕は、背筋がブルッとした。

「ひゃっ、ご、ごめんなさい!」

 つい反射的に謝ってしまったが、何を謝っているのかは分からない。僕は恐る恐る後ろを振り返った。すると、そこには見覚えのある人物の姿があった。

「ライ……?」

「あぁ、そうだよ。キミのライだ」

「な、なんでここに? あ、やっぱり……これは夢だったのかな」

 全てが夢での出来事。そう結びつけてしまえば話は早くて簡潔だ。でも、ライと名乗る少年は首を横に振った。

「夢じゃない。あの日のことも、今この瞬間も……すべて、現実だよ」

「またまた。そんな訳ないよ。ここは、どう見たって“嘘の世界”の世界だよ? 日本じゃないのに、日本語を話している」

「いいや、みんなライ語で話しているよ」

「ライ語?」

「まぁ、いいや。今、説明していてもきっと理解してもらえないから」

「?」

 ライは、ガラス玉のような青い目を陰らせ、僕の右手を握った。そのままグイっと引っ張り、歩き出す。その力が見た目より強くて、僕はびっくりした。

「ちょっと、ライ……痛いよ」

「あぁ、ごめん。奈津、急いでここから離れないと」

「古城から?」

「そう。監視者が来てしまう」

「監視者って……嘘つきが嫌いなあのとんがり帽子の?」

「そう。嘘の世界を読んで来たキミなら、分かるでしょう? あのとんがり帽子が危ない存在だっていうことも」

 この世界を支配しているのが、「黒髪天狗」と呼ばれていた。文字通りの黒い髪に、三角のとんがり帽子を被った人種が存在している。彼らは、嘘つきが嫌いで、嘘つきものには罰を与えると言われている。捕まってしまえば、もとの世界には帰れないというのだ。

「本当にここが、あの本の世界だっていうの?」

「まだ、信じられないかい? 奈津なら、分かると思っていたんだけど。それに、きっとここへ来てしまうとも思っていた」

「……どういうこと?」

 ライは、申し訳なさそうに右手で頭を抑えた。

「紅葉の夢占い。それに乗っかってしまったのは、ボクの方なんだ」

「……え?」


 紅葉の夢占い。

 それこそが、ライを呼び寄せるための儀式の名。

 僕たち、鏡野中学の七不思議のひとつだった。


「ボクたちは、キミたちをこの世界に呼び寄せる。そして、黒髪天狗を解体させることを夢見てきたんだ」

「黒髪天狗を、僕たちがやっつけるの?」

「そう。キミたちは、ボクたちの希望なんだ」

 そう告げるライの瞳は、どこか影を帯びていた。

「奈津、キミはラッキーかもしれない」

「ん?」

 ひらひらと一枚の紅葉が落ちてきた。ライはそれを手に取ると、祈るように手を握った。すると、ライの手の中には淡い光が生まれ、徐々にその光が強くなって来た。

「さぁ、これで元の世界へ帰るんだ」

「帰るって……ライ、黒髪天狗はどうするの?」

「それは……また、考える!」

「そんな……そんなことで…………!」

 

 ピカ! 


 また、あの時と同じ強い光が発せられた。眩しくて目を瞑り、しばらくそのまま突っ立っている。すると、光が落ち付いてから目を開けると、僕がもともと居た学校の図書館に戻っているのだ。咄嗟に掛け時計を見てみた。時計の針は一分程度しか動いていない。

(こっちの世界と本の世界では、時間軸が違うんだ……)

 手には、本ではなく紅葉の葉が握られていた。僕はこれで、今起きていたことが「夢」ではなく、「現実」なんだということに結びつけられた。

(ライは、僕に助けを求めていた……)

 本は僕の足元に落ちていた。途中から白紙のその本は、少しだけ文字が付け加えられているように感じられる。

「異世界でライと呼ばれる少年は、希望となる少年奈津を紅葉の葉に乗せ時空を飛ばす…………これ、今の出来事だ」

 僕がこの本の登場人物の一人になっている。実感がわかないけど、きっとそうなんだと僕はのみこむことにした。借りようにも、貸しだし用のシールが貼られていない。僕はこっそり、この本を紺色のスクールカバンの中にしまって、家に持ち帰ることにした。先生が見ていない隙を狙って、実行する。内心で、「後でちゃんと返します」と必死に謝った。先生に一言、「借りてもいいですか?」と聞けなかったのは、もし「ダメです」と言われたら困ると思ったからだ。でも、ダメなものを借りていくのは、あまり良い行いとも言えない。それでも僕は、後ろめたいものを抱えながらでも、この本を持ち帰らないといけないという使命に駆られ、そのまま学校を後にした。

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