Dさんの自殺幇助
私の名はD。
職業は自殺の幇助をしております。
関わり合いがない方からすれば、あまりお聞きにならない職種かもしれませんね。
ただ、広い世の中、自分の力だけでは死ぬ事が出来ない人が沢山います。
私の仕事は神を冒涜する行為かもしれませんが、少しでもその弱い方々の助けになれば良いと考えています。
その日も、私の元にお客様の鈴木さんという男性が訪ねてきました。
「あ、の」
「どうもどうも、こんにちは。ようこそいらっしゃいました」
私は妙にオドオドしている鈴木さんを部屋の中に招き入れ、椅子に座って貰いました。
「それでは、早速ご相談のプランについてなのですが」
「はい」
「鈴木さんは、誰にも迷惑を掛けずに自殺したいという事で、よろしいでしょうか?」
「はい、それでお願いします」
「了解いたしました。それでは、まずはこれに目を通してください」
しかし、鈴木さんは私が手渡した一般的な自殺方法の一覧表を見て、首を横に振ったのでした。
「申し訳ないが、此方に書かれている方法では……」
「ダメですか。でしたら値段は張りますが、ユニークプランというのもありますが」
「……いえ、そういうのも」
「ダメ、ですか?」
「はい、すみませんが……。どうしても普通の方法では、他人様に迷惑が掛かってしまうものでして」
「迷惑ですか? 当方はアフターケアーも万全ですので、その辺をご心配する必要はありませんよ」
と、私が申し出た所、鈴木さんが深刻そうに口を開いた。
「そうでは無いんです。私は生まれながらにして、ある特殊な病気にかかっておりまして……。そのせいで普通に死ぬ事が出来ないんですよ」
「それは、どういう事なんでしょうか」
「実は、私の身体は爆発するんです」
「……それは」
「私の頭がイカれていると疑うのも当然です。しかし、これを見てください」
鈴木さんは一枚の書類を差し出してきた。
そこには身体検査をした結果が書かれており、小便がニトログリセリン、血液がヘキサニトロヘキサアザイソウルチタン、汗が過塩素酸アンモニウム、髪の毛には燃焼剤の効果がみられる等々。
ありとあらゆる部位が、何かしらの起爆物の成分と同一だという事を示していた。
鈴木さんは悲痛そうに話す。
「何処で検査したかは言えませんが、これは確かな結果です。ある人物に言わせると、私の身体は奇跡の結晶らしいのですよ。通常の臓器の役割を果たしている事も驚きだが、それよりも爆発しない事の方が不思議でしょうがないとか……」
「それで自殺をお考えに?」
「ええ。せめて、死んで人並みの人生を手に入れたいのです。私は自分が死ぬ事よりも、人に迷惑を掛けるかもしれない状況に疲れたんです」
「……なるほど。そのお苦しみは、お察しします」
「どうにかなりませんか?」
「ご安心ください。どんなご要望にもお応えするのが、私の責務だと思っておりますから」
「では」
「ええ。鈴木さんのご希望を考慮して、ロシアに行くというのはどうでしょうか? ロシアでは採掘現場だけでも毎年数万トンもの爆薬を使用しています。私のツテを使って、そこで自殺していただくように致しますので」
鈴木さんは、ここを訪れてから始めて笑顔になっていた。
「な、なるほど、爆発現場でしたら誰にも迷惑が掛からない」
「それでは早速、仕事に取りかかっても?」
「はい。よろしくお願いします」
そう言って鈴木さんが手を差し出してきたので、私はガッチリと握りしめたのだった。
数日後。
全ての準備が終わった私は鈴木さんを車で迎え、飛行場まで運んだのである。
「後は飛行機に乗るだけですね」
「ええ。Dさんにはお世話になりました」
「いえいえ」
「ご謙遜なさらずに。私は初めての飛行機という事で緊張していましたが、Dさんおかげで落ち着いて乗る事が出来るんですよ」
「いやいや。しかし、それは自殺する人間の台詞とは思えませんね」
「ですね」
私と鈴木さんはクスクスと笑いました。
「さて、そろそろ搭乗の時間ですよ。ロシアにたどり着きましたら現地の者が現場までご案内する事になっていますので」
「そうですか。……それでは失礼いたします」
鈴木さんは一礼してから、搭乗窓口に向かっていった。
私も空港を出た。
そして駐車場に止めてある車の近くで、暫く空を見上げていた。
飛び立っていく飛行機を最後まで見守ってから、次の仕事場に向かおうと思っていた。
ただ、それは叶わなかった。
鈴木さんが乗っていた機体が上空に上り詰めていこうとした瞬間、爆発したのである。
私は木っ端微塵になっていく飛行機の欠片を見詰めつつ、脳内である仮説を構築していた。この爆発が事故ではないのなら、その原因には鈴木さんが関係しているだろう。
それも信じられない可能性のレベルで。
世の中には、特定の電波にのみ反応して爆破する爆薬が存在する。それが偶々、鈴木さんの体内で生成されていたのではないか。
そして上空には、スポラディックE層と呼ばれる強力な電離層が生まれ、飛び交っている電波が乱反射する現象が稀に発生する。更に稀な事だが、強力な地場空間が形成されて広範囲の電波層を取り込む現象が、数秒間だけ起こるらしい。普通なら電波障害ぐらいで済む現象だが、偶々その中の1つが鈴木さんの爆薬と反応して飛行機が爆発する原因に至ったのではないだろうか。
私は、そう結論づけた。
だが、そんな偶然がありえるのか。
あったとしても、神の罰としか思えない確率ではないだろうか。
私には分からない。
ただ1つ言える事は、他人に迷惑を掛けたくなかった鈴木さんの願いは叶わなかった、という事だけだろう。大勢の人間が巻き添えになってしまったのだから。
私は激しく燃え上がっている空港を尻目にしつつ、車に乗り込んだ。
自殺しようとしていた鈴木さんの死を悲しむというのもおかしな話しですし、何より落ち込んでいる暇はありません。次の仕事が私を待っている。
例え神がお怒りになっているとしても、自殺したくても出来ない方々を助けるのが私の使命。その気持ちにお応えてこそ、死神ってもんじゃありませんかね、皆さん。