STORIES 055: 見知らぬ遠い空の下
ある日、1本のミュージック・ビデオが送られてきた。
添えられた手紙を読みながら再生してみる。
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お元気ですか?
あなたは分かっていたと思うけれど、あなたとお別れした後で、結婚を視野に入れてお付き合いをしていた人がいました。
でも、いろんな思いの整理がつかずに、お別れしてしまった。
長く続けてきた仕事も転換期を迎えて、上手くいかないことが続いて、辞めることにしました。
職場から補助を受けていたマンションも引き払うことになって…
東京からも離れることにしたの。
いまは実家に戻って、友人の仕事を手伝いながら別の生き方を模索しています。
ちょうどあの頃のあなたのように。
全部捨てちゃった。
いまならあなたの気持ちがよくわかる。
それで、近況を知らせたくなりました。
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だいたいそんな内容だった。
画面のほうは…
赤いキャデラックに乗ったバンドメンバーたちが、荒野や街中を疾走してゆく映像が続く。
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彼女と暮らしていた部屋を出てから、1年以上が過ぎていた。
僕が想像していたのとは、だいぶ違う暮らしぶりを伝える手紙。
順調にキャリアを積み続け、理解のある大人の男性と寄り添い、育児休暇制度なども活かしながら…
あの街で、そんな充実した生活に向けて歩み始めたものだとばかり思っていた。
いや、そんなありきたりな設計図だけが…
幸せの形だなんて思ってはいない。
どんな生き方をしたいかなんて、みんな異なる。
結婚や子育てなんて、興味がなくたっていい。
でも、彼女はそんな将来を思い描いていた。
仲の良い友人たちと同じような生き方をしたい。
同じ悩みを相談し合い、同じような喜びを分かち合いたい。
そのための相手は、僕じゃなかった。
形が違うピースでは、パズルは完成しない。
だから僕らは離れた。
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最近よくこんな曲を聴いています。
どことなく雰囲気が似ているから、あなたを思い出すこともあるよ。
だからね、このMV観てね。
元気にしてるかな。
今までありがとう。
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僕は返事を書かなかった。
怒っていたわけじゃない。
わだかまりがあったわけでもない。
彼女の人生に興味がなくなったわけでもない。
ただ、かけるべき言葉を何も思いつかなかった。
もう偶然に会うこともないくらい離れた場所で暮らす僕らは、これから何かを共有しても意味がない。
あのときすべて終わらせたのだから。
さよならをするって、そういうことだと思う。
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たぶん、僕は彼には全然似ていないよ。
歌うのが好きというところ、以外はね。