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不幸の請負人と灰塵のエルフ  作者: 豆大福
第一章 もぬけの竜人
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第九話 仲介人

「魔法は関係なく、ただの病気ってことかしら」

 レオナルドに断って、少し考える時間をもらった私たちは城内の散策を行っていた。入ってきた時に通った中庭にまで戻ってくると、クロはようやく足を止める。

「病じゃないさ」

 石造りで出来た噴水の縁に腰掛けて、懐からライカを取り出した。じっと私が睨んでやると、ばつが悪そうに懐にしまい直した。

「あれは、いうなれば『魔法魔術による攻撃』だ」

「攻撃……」

 クロは色とりどりの花の咲く庭園を眺める。花の蜜を吸っている魔蟲を見つけると、それに近寄りながら説明してくれた。

「この魔蟲はハレムンというものだ。花に備わった栄養を吸って魔力に変える。非常食にもされる虫だ」

「ええ。知っているわ。羽がないのに飛ぶのも、奪った栄養から生み出した魔力のエネルギーを使ってるんでしょ」

 クロは魔蟲のハレムンの背中を摘み取った。一センチほどの小さな身体に、遠目からでは綺麗な花に見えるほど鮮やかな黄色が確認できる。

「このハレムンのせいで、この花が蜜を枯渇させてしまうのなら、ハレムンを取り除けば解決だ。これが俺にできること」

「魔法魔術の、請け負いってことよね」

「そうだ。だが」

 ハレムンを元に戻し、別の花に近寄っていく。既にハレムンに吸いつくされたのか、しおれつつある薄黄色の花に触れた。

「既に吸いつくされてダメージを負った花をもとに戻すことは難しい。そういう話だよ」

「心を奪うような魔法によって攻撃された後だから、そもそもあの子達に『かかっている』ものじゃないから、手の打ちようがないってことかしら」

「ああ」

「……諦めるしかない、のよね」

「いいや」

「え?」

 話の流れが大きく変わった。

 彼の左目は庭園隅の一点を凝視している。

(また、あの窓を見てる。あの部屋に、何か……)

「フレイヤ。街に出よう。馬車を借りて良いか、誰かに聞いてみてくれ」

「いいけれど、街に出てどうするのよ」

 相変わらず勝手に歩きだして城外に向かうクロは、振り向くこともせずこう言った。

「頼れる奴が一人いる」

「え、あなたの仲間かなにか―――」

 私の言葉など無視して正門まで去っていく背中に、思わず眉根を寄せて睨みつけてしまう。

 あの男、絶対に友達などいない。

 勝手が過ぎるのだ。

 ため息をこぼして、城内に戻っていった私は曲がり角に出る。

 瞬間、小さな衝撃を下半身に感じた。

「あら、ごめんなさい」

 見れば、十四歳前後の少女が目の前で尻もちをついていた。急いで抱き起こしてやると、屈託のない笑顔で笑ってくれる。

「いえ、私こそごめんなさい。お姉さん大丈夫ですか?」

「ありがと。大丈夫」

 格好を見れば、メイドだと分かった。可愛い。村で私を慕ってくれていたエルフの子どもたちを思い出してしまう。

 少女の瞳は、エメラルドの輝きを放っている。そして、竜のように縦長だった。

 この子も竜人だ。

「私、フレイヤ。エルフよ」

「リーファ。竜人です」

 リーファと名乗った少女は、綺麗なセミロングの金髪を持っていた。あまりにも綺麗な輝きに、思わず手を伸ばしてしまう。

「綺麗な髪。羨ましいわ」

「あ、ありがとうございます」

「普通、エルフも金髪みたいに色素の薄い髪なんだけれどね。私の髪ってば真っ黒で、ずっとコンプレックスだったの」

「そうなんですか。意外です」

 私に頭を撫でられて目を細めたリーファは、本当にそう思ってくれたのか、綺麗な言葉を紡いでくれた。

「綺麗な黒髪に、金色の瞳。夜空みたいな人だなあって、綺麗だなあって思いましたよ。私」

「……ふふ。ありがとう。あなた、心の綺麗な子ね」

 照れ臭くなった私は、大人ぶった対応でやりすごしてしまう。こほんとわざとらしく咳払いをして本題に入った。

「リーファちゃん、馬車って借りても良いかしら。レオナルドさんに直接言わなきゃ、やっぱりだめ?」

「あの馬車はお客様の送迎用ですので、問題ありません。ご自由にお使いください」

「そう。良かった」

 ポンと頭を撫でてあげると、嬉しそうに笑ってくれる。癒やされた私は、手を振って金色の少女のもとから立ち去っていく。

 すると、今度は私が前方不注意で人にぶつかってしまった。

 すみません、と反射的に謝って相手を見上げる。白髪の老人だった。重く下がった瞼できちんと確認できないが、竜人だろうか。黒いタキシードを着こなした老紳士は、私に深々と頭を下げてくる。

「失礼致しました。ご無礼をお許しくださいませ」

「いえ、私が見ていなかったから。ごめんなさい」

「あなたは、確か『請負人』の……」

「あ、助手です。それは一緒に来た男の方です」

「ああ、そうでしたか。これまた失敬を」

 老紳士は私の背後へと視線をやった。

 つられて振り返ると、長い石畳の廊下にリーファの姿は既になくなっている。

「あの子と、お話頂いていたようですな」

「ええ、リーファちゃん。綺麗な子ですね。姿も、心も。本当に素敵な子です」

「本人も、さぞ喜ぶでしょう。あの子は友達が少ない。もし、また会うことがあれば、どうかお相手頂けると幸いです」

「もちろんよ」

 老紳士は再び丁寧にお辞儀してくると、背筋の伸びた美しい姿勢で歩き去っていく。

「いけない。待たせてる」

 会話を楽しんでいてクロのことをすっかり忘れていた。私は急いで正門まで駆けて行った。






 場所は再びラティオス国首都。郊外の廃れた居酒屋。タバコと酒の匂いで充満した酒場に私とクロはやってきた。

 腕相撲で競うドワーフたちもいれば、いよいよ取っ組み合いの喧嘩になって机の上で喧嘩をする竜人もいた。

 時たま光を失い、パチパチと点灯する明かりの下、クロは懐からライカを取り出して蒸留酒のグラスに注ぎ混ぜる。

「あれは治せる。あの子達から心を奪った奴がいるはずだ。そいつの魔法を俺が引き受けてしまえば、心は元の器に帰っていくだろう」

「あの四姉妹に?」

「ああ。だが、そのためには心を奪った『魔法使い』を探さなければいけない」

「どうやって」

「そのための助っ人だ。そろそろ来るさ」

「そろそろって……」

 怒声が響き合う喧嘩場になった一角を見つめる。大柄の男の竜人がドワーフの男を蹴り飛ばしていた。力勝負では腕力の強いドワーフに分がありそうだったが、アルコールもまわっているためか拮抗している。

「こんな場所で待つ必要あるの。はっきり言って嫌なんだけれど」

「同感だな」

「あなた喧嘩好きなの」

「嫌いだよ」

 グラスを口に運んで一言、クロは呟いた。

 思わず私はため息を吐いた。

「はあ。じゃあなんでこんな所で待つのよ」

「向こうがここの常連なんだよ。できれば関わりたくないが、仕事のためだ。仕方ないさ」

「こんな所の常連って、絶対危ない人じゃ―――」

 ガァン!! と、クロの頭に酒樽が飛んできた。派手に割れていった木片が机に散らばる。あまりの衝撃映像に、黙ってそれを見つめてしまった。

 悪いな兄ちゃん!! と、喧嘩場から野太い声が響く。クロはさして興味のない様子で、グラスの中に入った木片をひとつまみずつ取り出し始める。

「え、いや、え」

「なんだ」

「いや痛くないの。結構な衝撃に見えたけれど」

「痛いさ」

「怒らないの。いや普通怒るわよ、あれは」

「こんなことで切れていたら身が持たんよ。大したダメージでもない」

 口元に運んだグラスから、酒がドバドバと太ももに流れていく。焦点が合っていないのだろう。

 ばっちり脳震盪だった。

「ちょ、ちょっと!! 溢れてるって!!」

「ん、ああ、すまん」

「あなたって、本当に……」

 どうでもいい。何事にも無関心。いや、自分がないとでも言うべきか。

 心を失った娘たちを見た。あれは魔法によるものだそうだが、ならばこの男の心は自然とここまで廃れてしまったのだろうか。

 きっと、クロに酒樽をぶつけてきた喧嘩場を睨みつける。

 瞬間、私の方にも椅子が飛んできていることに気がついた。

(あ)

 思わずぎゅっと目を瞑る。

 確かな衝撃音が轟く。しかし、痛みはない。恐る恐る瞼を開けると、そこには間抜けな格好で私を庇ってくれたクロがいた。

 身を乗り出し、腕を突き出して、相変わらずぼうっとした顔で私を見つめている。

「大丈夫か」

「え、ええ。ありがとう」

「……」

 クロは立ち上がり、喧嘩相手に椅子を投げつけたが間違えて私たちの方向にやってしまった、大柄の竜人を見つめる。

「え」

 思わず間抜けな声が出た。

 クロは転がっていた椅子を持ち上げ、ノーモーションで男に投擲したのだ。

 派手に顔面に直撃し、ノックダウン。周りからはパチパチと勝者への拍手と歓声が鳴り響く。

「……喧嘩、嫌いじゃなかったの」

「椅子を返してやっただけだ」

 グラスを口に運び、一気に飲み干した。まるで酔いたがるような一気飲みに、らしくないなと感じてしまう。

 すると、クロの後ろから腕が伸びた。酒瓶が握られており、空っぽになったクロのグラスに慣れた様子で酒を注いでいく。

 見れば、人間の男がそこにはいた。

 クロと同い年くらいの、金髪碧眼の整った顔の男。

「あははー。面白いもん見たわ。遅れた甲斐あったぜ、クロ助」

「……座れよ、レイン」

 軽薄そうな笑い方に、派手な赤いローブを着たレインという男は、馴れ馴れしくクロの肩に腕を回して隣に着座する。

 助っ人とは、この人だろうか。

「へいへいクロ助。お前がやり返すなんて始めて見たぜ。なんだよちょっとは人間らしくなりやがって」

「そもそも人間だ」

「でもさ、昔酔った勢いで服引っ剥がしても怒らなかったじゃん」

「寒かったけどな」

「あとあれ、俺がお前のライカくすねて一口で気持ち悪くなってさ、お前のローブにゲロ吐いても怒んなかったよな」

「臭かったけどな」

「あとお前に借りた金返さなくても怒んなかったもんな」

「許してないけどな」

 クロがある程度くだけた口調でコミュニケーションを取っている様子に、思わず呆けてしまう。

 そんな私に気がついたのか、レインという男はひらひらと手を振ってきた。

「かわいいエルフちゃん、ちわーっす」

「え、ええ。どうも」

「違う違う、ちわーっす!!」

「ち、ちわー、す」

「おっけ、もう友達だよ。よろしくねー」

 バシンとレインの頭を叩いたクロは、疲れたようにため息を吐いた。

「フレイヤ。こいつはレイン・フェルナンド。俺の仕事の『仲介人』だ。今回の件で助けになる」

「仲介人……」

 クロの仕事の斡旋者ということか。

 ペコリと頭を下げて、自己紹介を試みる。

 しかし、レインは片手に持った酒瓶をぐいっと飲み干して、大きな声で遮ってきた。

「あーいい、知ってる知ってる!! 少し前にクロが連れて歩いてるエルフちゃんでしょ。激レア自然魔法使いの」

「どうして私のこと、知っているの」

「クロ助のことはなーんでも知ってるのよ、俺って」

 一体いつから探っていたんだか、とクロは苦虫でも噛んだように呟いた。

 この二人、ただ仲の良い友人や仕事仲間、といった関係性ではないらしい。

「しかしまあ、今でも驚きだな」

「何がかしら」

「クロ助が君を連れて旅してること。あと、なんか人間らしくさっき切れたこと。ひょっとして君のせい?」

 少しだけ。

 本当に少しだけ、敵意を向けられたような気がした。ぎゅっと袖を握り締めてしまう。

 なんだろう。

 私は魔獣や魔物と戦闘した経験はある。集落にいた頃は近くに現れた魔獣や魔物の討伐も請け負っていたからだ。だから、強いものの持つオーラは感覚的に理解できる。

 くわえて、私を襲ってきた魔族の魔法使い―――誰でも知っている大悪魔二人とも対峙した経験はある。大悪魔とは魔族を統べる選ばれた魔法使いたちのことだ。ルシフェル、アルシエルの二人は私では敵わない圧倒的な魔法使いだった。間違いなく、あの大悪魔二人は魔法使いの中でも別格の力を持った『強者』だった。

 そして、クロ。未知の力を持った彼にも、やはり独特なオーラは感じ取れる。クロの場合は、強者というよりも『異質』なオーラを。

 レイン・フェルナンド。

 この男もまた、オーラを感じる。そしてその原因は明らかだった。この男は分かりやすい。

 魔力だ。

 隠してはいるようだが、嫌でも理解できる。私エルフは魔力を持って生まれる魔法使いの種族。この男が巧妙に隠している、膨大な魔力の『密度』を感じ取ってしまう。

「何も変わらんよ。俺は俺だ、レイン」

「へー」

 蛇に睨まれたようだ。

 レインの中に、一切の緩みない魔力の塊が埋まっている。底が深い。密度が、桁違いだ。エルフ十人分、いやそれ以上か。計り知れない魔力の量が、分かりやすい『強さ』が私には理解できてしまう。

 何者、なのだろうか。

 恐らく、今まで出会ったどんな魔獣や魔物より、あの大悪魔二人よりも、圧倒的な魔力量。

「で、なに。俺んとこ来るなんて珍しいじゃん」

「今回の依頼だが、対象に魔法がかかっていない」

 私から視線を外し、クロと話し始めたレイン。ほっとすると、金縛りのような圧力が消える。

「タバコ吸いてえな。切らしちまってよ」

「付き合うよ。行こうか」

 立ち上がった二人に私も続く。

 その時、クロがレインの名前を呼んだ。

「レイン」

「んー?」

 静かな声だった。

 クロの表情は見えなかった。ただ、その背中越しから見えるレインの表情は、何気なく道を歩いていたら死神にでも出くわしたかのような、そんな不思議な顔をしていた。

「次はない。多分、俺はお前さんを殺す」

 気を取り戻したように、レインは目に力を込めてクロをじっと見つめる。

 そして、少しの静寂を破るように一言。 

「……悪かったよ。フレイヤちゃん」

「え、いや、私は何も」

 レインはそそくさと酒場から出ていった。ゆっくりとクロがその後に続く。

 取り残された私は、何が起こったか分からずにしばし呆然としてしまった。また喧嘩の声が轟いて、はっと我に戻るとクロの背中を追いかける。


 


 







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