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不幸の請負人と灰塵のエルフ  作者: 豆大福
序章 灰燼のエルフ
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第五話 真相

「悪魔。そいつは放っておいてやれ」

「人間……」

 ぽつりと呟いたルシフェルは、一拍置いて、あまりにも無情に魔法を発動する。

「『ザイン』」

 夜空から落雷が落ちた。その光は真っ黒だ。滞空させていた悪魔の魔力を圧縮し、勢いよく地上へと突き落とす黒魔法。漆黒の稲妻は男の脳天に直撃した、はずだった。

「は?」

 悪魔の呆けた声が漏れる。

 漆黒の落雷が粉末となって弾け飛び、霧散する。何もなかった。壮絶な黒魔法による攻撃など、何もなく、辺りには草花と取り囲むように木々が生い茂る闇夜の森が静寂を広げている。

「どういうことで―――」

「帰れ。失せろ」

 悪魔の言葉を遮った、ただの人間の命令が静かに轟く。瞬間、悪魔の持っていた大剣がグニャグニャとネジ曲がっていき、小さな石ころのようにまとまって同様に消し飛んでいった。

 ふらふらと下がった大悪魔の額には、尋常ではない冷や汗が滲んでいる。

 ごくりと、思わず私は生唾を飲み込んだ。

 何をしたかは、知らない。

 それでも、あの人間は、なにか存在の根本から異なるような、圧倒的な何かを有していることを理解した。

「なんの魔法ですか。魔法も魔剣も消し飛ばした。いや、そもそもただの人間が魔法など扱うことはできない。魔力を持たない弱小種族が」

「そうだな。俺は魔法なんて使えない」

「ならなにを―――」

「ああ、なるほど。頭弱いんだな、あんた」

 男は右眼を覆う包帯をぐいっと僅かにずり下ろす。

 は、と妙な音を出して悪魔の呼吸が止まった。

「帰れよ、三度目はないぞ」

「……」

 悪魔の赤い瞳に、恐怖が混じっている。

 いいや、絶対的な絶望の色が広がる。

「あんたの存在も『請け負ってやろう』か?」

「……」

 ドン!! と、土煙を撒き散らして大きく空に飛んでいった悪魔は、一瞬でその姿を闇夜に消した。

 大悪魔ルシフェル。

 魔族の中でも有数の魔法使いだろう彼女をものともせず、人間の男は軽いため息を吐いて近寄ってきた。

「よ。昨日ぶり」

「あなた、どうしてここに。何者なの」

「だから―――」

「『請負人』なのは知ってる。そうじゃないわ」

「……」 

 困ったように頭をかいた。

 あー、と気怠そうな間抜けな声を出して空を仰ぐ。

「いやなに。違和感があったんだ」

「違和感?」

「そうだ。生命を灰にする魔法、お前さんにかかっていた呪いの件だが、俺もつい勘違いして請け負っちまった。あれは―――」

 ずぶり、と男の身体から腕が生えた。

 腹部から飛び出てきた手刀は、真っ赤な鮮血を纏いひらひらと私に手を振ってくる。

 さして表情は変えず、口から血を吐き出しながら、人間の男は後ろの影に言った。

「……卑怯者め」

「悪魔が一人だと勘違いした、単純馬鹿め」

 無造作に男から腕を引き抜いたのは、銀髪赤目の男の悪魔だった。小綺麗なコートのポケットからハンカチを取り出すと、付着した鮮血を拭い取っている。

 ふらり、と私に倒れ込んできた人間を咄嗟に抱きとめた。

「ちょっと、ねえ!!」

「がはっ!!」

 呼びかけると、地面に盛大な吐血をこぼす。

 まずい。急所だった。間違いなく、このままでは死ぬ。

「アルシエルだ。ルシフェルは本当に危機を察知して逃げたようだな。まったく何者だ、君は」

 アルシエル。誰でも知る、魔族の中でも大悪魔と呼ばれる絶対者の名だ。先ほどのルシフェルといい、災害級の黒魔法使いがバーゲンセールのように現れてくる。

「なんなのよ、あなたたちは!! なんで私を狙うの!!」

「自然魔法を扱うエルフ、君の力が欲しいんだよ」

「こんなことまで―――」

「こんなことまでしても、さ」

 ハンカチを綺麗に折り畳み、ポケットに戻した大悪魔アルシエルは続けた。

「ここラティオス国とは戦争にすらなるだろう。悪魔は独立した存在だ。エルフは他種族と共存し国家の下生活しているが、我々悪魔だけは悪魔以外に味方はありえない。覚悟の上だよ」

「『ロンド』!!」

 逃げるしかない。

 唱えた私は、人間を連れて足元から溢れた巨木と咲き誇った花にしがみつく。巨木は無数の枝葉を生やし、雲を突き抜けて空に絡みつくように枝を無数に広げた。

 どの枝を選び逃走したのか、奴には分からないはずだ。綺麗な半月に向かって伸びる枝を走り抜ける。人間を背負って、一心不乱に。

 すると、背中から声が零れた。

「おろ、せ」

「死にたいの。馬鹿言わないで」

「死んでも、いい」

 肩に温かい感触が走る。

 血だ。血を吐き続けているのだろう。

「おれは、『器』だ。おれに、生きる、意味はない」

「なにを言って―――」

「あんたに、かかっていた呪いは、触れたものを灰に、する魔法じゃ、なかった」

「……え?」

 思わず立ち止まりそうになる。

 足が絡まって、巨大な枝の上で派手に転んでしまった。

 急いで彼を抱き起こそうとする。彼はうつ伏せで倒れたまま、私を横目に見上げていた。

 その目には、半月の光が射していた。

 黒い瞳に、儚いかりそめの光が宿っていた。

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