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不幸の請負人と灰塵のエルフ  作者: 豆大福
序章 灰燼のエルフ
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第三話 現実の味

 何がどうなっているのか。

 一年ぶりに集落の朝日を浴びて目覚めた私は、久しぶりに集落を散策して暇を潰していた。一緒に花畑を歩くアルメデの後ろ姿を眺めながら、何も考えずぼんやりとしてしまう。

 現実味がないのだ。

 全て夢じゃないのか。本気で疑ってしまう。

「フレイヤ、ねえねえ」

 楽しそうに振り返ったアルメデは、金糸の髪を広げて駆け寄ってくる。

「久々に見せて、花の魔法」

「……ああ、いいわよ」

 アルメデとは幼馴染みだった。子供の頃から、特に一緒に過ごすことの多かった仲だ。友達思いで、相手の良い所を見つけられるアルメデのことは、ずっと尊敬していた。

 アルメデの大好きな、私の得意な自然魔法。

 中でも、これはアルメデの大好きな魔法。

「『―――』」

「わあ……!!」

 かつて古代に咲いていた、今はもう現存しない花を咲かせる。私の家に代々伝わる、秘密の魔法。

「綺麗……」

「なんの花かは、知らないけれどね」

 白……いや、ピンク色だろうか。その花は幹を生やすと、枝葉に花を咲かせて、まるで吹雪のようにぱあっと散っていく。 

 散り様は美しく、躊躇いのない命の輝きに、ぼうっと見惚れてしまう。

「ねえ、フレイヤ」

「なに」

「あの人間の男の人、あれからどうしたんだろうね」

「どうって……」

 掌に落ちてきた花びらを見つめて、ぼんやりと言葉を返す。

 アルメデは花吹雪に見惚れながら続けた。

「『請負人』。魔法にかかって苦しむ人たちを救う人間らしいよ。魔法を代わりに持っていってくれるんだってさ」

「村長は、なんだか彼を知っているみたいだったけれど」

「どうなんだろうね。フレイヤを助けられる人に心当たりができたって、集会で言っていたよ」

「魔法にかかった人を救う……ね」

「あの人、寂しそうだった」

「え?」

 アルメデは、私の生やした古代の植物に近寄っていくと、その幹に手を添えて呟く。

「フレイヤに怒鳴られていたときのあの人、なんだか、寂しそうだった」

「……」

「きっと、あんな仕事をしていたら、感謝されることもあるんだろうけど、憎まれることもあったんだろうね。少し可哀想に思えて」

「ええ。そうよね」

 八つ当たりだった。

 思えば、私は私を助けてくれた恩人に、思いの丈をぶつけ過ぎたと思う。

 あんな災厄みたいな魔法から解き放ってくれた。

 意味も理由も分からずとも、それだけで十分だったろうに。

(不幸を請け負う仕事、ね)

 あれから2日が経った。

 私は、未だにあの人の哀しい笑顔を忘れられない。

「それにしても、本当にどうしてなんだろうね」

「え?」

 アルメデは私をまじまじと見つめた。

「どうして、自然魔法だけは、フレイヤの一族以外扱えないんだろう。私も綺麗な花とか、咲かせてみたいなあ」

「そう、ね。確かに」

 私の扱う自然魔法。自然を扱う魔法は、私の一族以外に扱うことのできるエルフがこの集落には存在しない。ゆえに、食物の生産や森林の管理等で私たち家族は重宝されていたのだ。

 だが、両親を灰にした今。

 私だけが、どうして自然魔法を扱えるのか、その理由は分からない。

「フレイヤ姉ちゃん!!」

「あら。セレナ」

 昔から私を慕ってくれていた、鍛冶屋育ちの元気いっぱいの少女が駆け寄ってくる。遠くから走り寄ってきたセレナは、私の生み出した古代樹を見上げて楽しそうに声を上げた。

「すっごい。きれい」

「ありがと。鍛冶屋は順調?」

「うん。でも、私は火の魔法よりこういう綺麗な魔法が使いたいなあ」

「火の魔法だって大事な魔法よ。立派な鍛冶屋になるんだって、さんざん言ってたじゃない」

「そうだけど!! 花とか木の魔法も覚えたい!! ねえ、今度こそ教えてよ!! もう一緒に遊んでくれるんでしょ?」

「ふふ、そうね。もちろんよ」

 ふと、セレナの身長が伸びていることに気づく。目線が明らかに高くなっていた。

 思わず、彼女の赤毛の頭に手を伸ばす。

 はっとして反射的に引っ込めるが、ああ、もう大丈夫なのだと触れ合える幸せを噛みしめる。

「大きくなったわね、見ない間に―――」

「セレナ!!」

 怒声が轟いた。

 血相を変えて飛んできたのは、男のエルフ。私も知っている、セレナの父親だった。

 駆け寄って来た彼は、セレナを奪い取るように抱き締めると、恐怖と敵意の混じった瞳で私を見る。

 足元から、頭の先まで、じっとりと眺めてくる。

「フレイヤ。戻ったことは聞いた。よかったな」

「おじさん。ええ、うん」

「だがすまない。はっきり言おう。セレナに近寄らないでくれ」

「え」

 魔獣と睨み合うかのように、慎重に私から離れていく。娘を抱き締めながら、守りながら、逃げながら言葉を続けた。

「俺は見ちまってる。お前が真夜中に森から帰ってきて、お前の両親を灰にする瞬間を」

「……そう」

「もう呪いにかかっちゃいないと聞いた。だがすまない。どうしても、一度見ちまったあれは、頭から拭えないんだ」

「……ええ、分かったわ。ごめんなさい」

 セレナは大柄な身体に抱えられる。

 ジタバタと暴れる幼子は、こんな私に当たり前のように駄々をこねてくれた。

「やだよ!! フレイヤ姉ちゃんと久々に遊ぶの!! 姉ちゃん助けてー!!」

「ごめんね。また、今度ね」

「えー!! ぜったいだよ!! ぜーったい!!」

「うん」

 手を振って離れていく親子を見送る。アルメデは私に声をかけないでいてくれた。

「フレイヤ」

 そっと肩を撫でられる。

 振り返ると、友達が痛みを堪えるように笑っていた。無理に笑顔でいてくれた。

「行こう」

「ええ、ありがとう」

 手を引かれる。

 集落の中心まで向かっていく。アルメデがいなければ、私はどうなっていたのだろう。

 ここまで辛いとは、思わなかった。

 こんなにも孤独だとは、考えもしなかった。

「あ。フレイヤ見て」

 アルメデが指差す。そこには、うまく育たなかった野菜が畑の中に散乱していた。

「水魔法を扱えるエルフが少ないからね。うまく育たなかったのかな」

「もったいないわね」

 畑に近寄る。

 そっと土に手を触れる。魔力を流し込むと、みるみるうちに野菜が色を取り戻していく。鮮やかで明るい本来の色を。

「さすがフレイヤ!! 集落の農業担当!!」

「これくらいなら、役に立てるかしらね」

「今日の夕方には畑が収穫予定だから、きっと市に流れるよ。フレイヤが助けてくれたって、私言って回る!!」

「いいのよ。そんな」

「できることは、してみようよ。ね」

 どうしてか、歯を食いしばるアルメデに苦笑する。この子は本当に、私の友達だ。

 私たちは帰路につく。



 私はひどく現実味を感じていた。

 その日、市場に私の育てた野菜が並ぶことはなかったから。


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