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不幸の請負人と灰塵のエルフ  作者: 豆大福
序章 灰燼のエルフ
2/12

第二話 居場所

 見つけた。

 黒いローブの背中に向かって走る。瞬間、木々の暗闇が晴れていき、星空とポツポツと並び立つ集落が見えた。

 思わず、石造りの似たような家々を見渡す。田畑には熟れた果実や野菜が気持ちよさそうにぶら下がり、静かな夜の中、月光に照らされて生命の躍動が強調される。

 エルフの集落。私の育った村がそこにはあった。

一心不乱に走り抜けた為に、ついにこんな場所に戻ってきてしまった。

 しかし、もう、戻っていいことに気づく。

 両手を見下ろす。

 もう、私に呪いはかかっていないのだ。

「幸せに暮らせ。不幸は引き取った」

「あなた、一体……」

 私の後ろから声をかけてきた男は、面倒くさそうに頭を掻きながら言った。

「ほら」

 男が指さした方角には、見知った顔のエルフ達の姿があった。

 群れの中には、友人だったエルフを見つけられた。

「アルメデ」

「フレイヤ!!」

 彼女は駆け寄ってくる。その他の二十人前後のエルフたちは、未だに私を警戒しているのだろう。じっと野生の魔獣でも見るかのように、淡々と私を見つめていた。

 唯一、アルメデは、その綺麗な長い金髪を揺らして必死に走り寄ってくる。

 目の前で肩を上下させながら、整わない息のまま、そっと私に手を伸ばした。

 しかし、やはり恐ろしいのか、びくりと手が引っ込んでしまう。

「安心しろ」

 ぽんぽん、と男が私の頭を軽く叩いてきた。

 瞬間、じわりとアルメデの青い瞳から涙が溢れ出し、意を決したように大きく頷く。

 そして、私の手を握った。

 あ、と。

 変な声が出た。ぼうっと、アルメデの顔を見つめてしまう。

 彼女もまた、呆けたような顔から涙を流していた。

「フレイヤ!! フレイヤ、おかえり!!」

「わ」

 思い切り私の胸に飛び込んできたアルメデをきっかけに、残りのエルフたちが波のように押し寄せてくる。

 隣に住んでいた老エルフの夫婦、料理家でたくさんご馳走になったおじさん、姉のようにかつて慕ってくれた子供たちも成長した姿で涙を流していた。

 あれから1年。

 呪いにかかり、山に籠もって1年。

 私は、また帰ってきた。

「よかった、本当によかった。フレイヤ、また触れられる。友達なのに、ごめんなさい。何もできなくて、本当にごめんなさい」

「……あなたの謝ることじゃないわ」

 アルメデの頭を撫でると、周りのエルフたちも安堵の表情や微笑みを浮かべて歓迎してくれていた。

「ねえ、あの人は何なの」

「ああ、あの方は―――」

 アルメデが男を探して顔を上げるが、どこにも男の姿が見当たらなかった。

 他のエルフたちも、きょろきょろと辺りを見渡すのだが、煙のように消えてしまっていた。

「いた!! 待ってくれよ、人間の兄ちゃん!!」

 誰かが声を上げた。

 全員の視線が、集落の入口にある木製の門へ向けられる。雲の広がる闇夜の中、唯一、切り裂くように伸びた月明かりに彼は照らされていた。

 私はアルメデをほとんど突き飛ばすようにして、また彼の元へ走っていった。

 孤独な背中に、大きな声をぶつける。

「なんなの、ねえ!!」

 歩みを止めた男は、こちらに振り返る。

 腕を掴んで、逃げられないようにして、怒涛の展開に追いつかない感情を剥き出しにしてしまう。

「ねえ、あなた何なの。なんで私を助けてくれたの。私にかかっていた『あれ』は、一体なんなの」

「言ったろう。俺は『不幸の請負人』だ。あんたにかかっていた不幸を請け負いにきた。何かは知らないが、大魔族のかけるような魔法だと個人的には感じたよ」

「説明になっていないわ。理解できない」

「理解させるつもりはない。手を離してくれ」

「……」

 ぞろぞろと、エルフたちが周りに集まってきた。不穏な雰囲気を察しているのか、皆が沈黙し静寂が場を支配する。

 心配そうに、アルメデが私を見つめていた。

 何なんだ。不幸の請負人? なんだ、それは。あの災厄のような呪いを、なぜどうやって引受けるというのか。

 なぜこの男は、私に会いに来たのか。

 何も分からない。人生をめちゃくちゃにしてくれた呪いについて、何も分からないまま終わるのは嫌だった。

「―――私が呼んだのだよ、フレイヤ」

 エルフの人壁が割れていく。

 現れたのは、懐かしい女性の老エルフだった。綺麗な白髪を一本に結い、神木で作った大きな杖を突きながらやってきた。

「村長」

「フレイヤ。本当によかった」

 村長は私に微笑んだ後、男に深々と頭を下げる。

「『請負人』。その名に違わないお方でした。なんとお礼申し上げればいいのやら」 

「いいんですよ、村長さん。これが仕事というか、宿命というか……。ともかく、俺が好きでやっただけです」

「どうでしょうか。一晩だけでも、こちらで休んでいかれては」

「……」

 男が沈黙を返す。

 村長は母性に溢れた微笑みを浮かべて、続けて言った。

「良かったら、フレイヤと話をしてあげて欲しいの。だめでしょうか」

「迷惑ですね。仕事は終わっている」

「はっきりと仰るのですね。でも、流石にその眼を休めないと身体がお辛いのではないでしょうか」

 男は眉を潜めた。

 じっと村長を見つめる。いや、睨むようにも見える。

「こいつを知っているのか」

「知っているから、お願いしました」

「俺がここにいれば、『不幸』がここに集ってくるぞ」

「一晩だけでも?」

「……」

 再びの沈黙の後に、男は首を横に振って踵を返した。

 立ち去るつもりだ。

「待ってよ」

 この男は、理不尽にかけられた不幸に苦しんだ私の前に勝手に現れた。

「感謝はしてるわ」

 何も求めず何も理由など話さず、私を勝手に助けて勝手に消えていこうとする。

「でも、ふざけないでよ」

 久しぶりに見たエルフたちの顔は懐かしい。なんでもなかった平凡な日常を思い返す。

「勝手に私を助けておいて、なんなのよ!!」

「……」

 だが。

 馬鹿みたいじゃないか。

「私は!! 全て受け入れた!! さんざん苦しんだ!! 絶望した!! このまま、一人で生きて死ぬんだって、気が狂うほどに考えて考えて考えて考えて!! そうやって不幸と向き合った!! それでも生きてきた!!」

「……」

「それがなに!! 意味も理由もわからない男に、急にそれを引き受けてもらった!! 解決した!! 私の覚悟は、絶望は、私が私なりに不幸を引き受けたあれだけの時間は、一体なんだったんだっていうのよ!!」

「不幸を背負ったままが良かったか」

 ようやく振り返った男の襟首を引っ掴んだ。

 目の前で絶叫する。

「お母さんとお父さんはもういない!!」

「……」

「家族は殺した!! 友人も殺した!! 今日だって顔も知らない誰かを!! 子供を灰にした!!」

「……」

「ねえ!! あなたが不幸を引き取ったから、私は幸せになれるの!? 幸せは戻るの!? 居場所は、私にあるの!?」

 私たちを取り囲むエルフたちの中には、幸い、私を憎んでいるような人はいない。

 でも、殺した者の家族がこの集落にはいるはずだ。今日殺した子供の親や兄弟だって、今ここに集っていないだけでいるはずだ。

 そして、私の家族はもういない。戻らない。

 不幸が過ぎ去っても。

 蹂躙された私の居場所に、一体、何が残っているのか。

「俺は請け負うだけだ」

「無責任に助けるな!! こんな私が、ここにいられるわけがない!!」

「また山奥で一人孤独に生きればいい」

「っ」

 ぶわっと涙が溢れた。

 見上げる男の片目には、空虚な瞳が石ころのように埋まっていた。

 この人は、何を見ているのか。何を見て生きてきたのか。あまりにも、その瞳は虚しい。

「別にまた山奥に戻ればいい。ここに居場所がないなら見つける旅にでも出ればいい」

「簡単に、言うな。そんな―――」

 ふわっと、光が視界の端に見えた。炎。轟々と燃え盛る炎の矢が、私の顔に突き刺さってきた。

 ああ、何だ。

 やっぱりそうだ。居場所なんてない。不幸は過ぎ去っても、私が作り出した不幸が私を食い荒らす。

 なぜか、ゆっくりと景色は流れる。見えたのは、私に向けて炎の魔法を放ってきた、女のエルフだった。彼女が、涙を流しているのが見えた。

 きっと私が殺した誰かの大切な人だと、一瞬で理解した。

 憎悪。

 それが肌身に伝わった。

 今日殺した、あの子供の母親だろうか。昔に殺した友人の家族だろうか。

 やはりそうだ。

 私はここで生きていちゃいけないんだ。 

「簡単には言っちゃいない」

 ガラスの割れるような音がした。私に迫っていた炎の矢は、粉雪のようになって霧散していき、夜空へと登っていった。

 何だ。

 この男が、なにかしたのか。

「分かっているさ。さんざんこんな旅をしてきた。こんなことは山ほどあった」

「あなた、なにを……」

「だから好きに言え。俺を憎め。いつか俺を殺しに来たっていい。なんでもいいから、それでも居場所を見つけて生きろ」

 ぽんと、男は私の頭に手を添える。

 そいつは、初めて笑ってくれた。

「悪かった。本当にすまない」

 哀しい顔で、苦しそうな顔で、無理に笑っていた。









 男は夜の闇に消えていった。

 取り残された私は、力が抜けてその場に崩れ落ちる。声がする方を見ると、そこには私に向けて魔法を使った女エルフが何人かのエルフたちによって拘束されていた。

「離して!! あの子が、あの子が殺されたのよ!! 今日!! 灰になって、消えたって!!」

 暴れる彼女は取り押さえられ、地面を這ってでも私に向かって来ようとする。

 爪が土を削り。

 痛々しくも、何枚か折れて。

 指から血を流しながら、それでも私に向かってくる。

「っひ」

 その目は血走っていた。

 憎悪。あまりのその巨大さに、腰が抜けて動けない。

「『イレーヌ』」

 村長が杖を振って唱えると、暴れるエルフは一瞬で気を失った。

 運ばれる彼女を呆然と眺めていると、村長が優しく私の背中をさすってくれる。

「今日はうちにきなさい、フレイヤ」

「村長……。私……」 

「ここに残るも、どこへ行くも自由だ。なんにせよ、今日は休みなさい」

「……はい」

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