八話 噂
アリスティアは今日、ローレンス伯爵家にやってきている。
「本日は招待いただきありがとうございます。リガーレ公爵家のアリスティアと申します」
目的はもちろん、サロンに出席するためだ。
アリスティアは色とりどりの花々に囲まれながら、完璧な角度でお辞儀をしてみせた。
すでに菓子や紅茶が用意されているテーブルにつく令嬢たちが、惚けたようにアリスティアへ拍手を送る。
「招待を受けてくださりとても嬉しく思います」
本日の主役。と言ってもそれはアリスティアになりそうだが、主催者であるエミールが真っ先に声を上げる。
「みなさん、まずはアリスティア令嬢のために自己紹介をお願いします」
本日、参加している令嬢はアリスティアを含めて四人だ。本当ならばもう一人いたはずだが、体調不良で欠席している。
参加者の一人はもちろんエミール・ローレンスだ。ふんわりとカールがかったブロンドの髪に赤みのある茶色の目をしている。目立つような外見ではないが、淑やかさは群を抜いているだろう。
二人目はジェイド・ランカスター。ランカスター伯爵家の長女である。腰まで伸びるまっすぐな黒髪は艶やかで、きりっとしている目は夜のように深い黒をしている。
三人目はライラ・ジーニー。ジーニー男爵家の三女だ。金色の髪は耳の上あたりでツインテールに結われている。金の瞳は真ん丸で、この中では一番幼く見えるがアリスティアと同じ十六歳だそうだ。
「みなさま初めまして、本日はよろしくお願いいたします」
「アリスティア令嬢ったら。そうかしこまらなくてよろしいですから」
アリスティアは開いている席に腰を下ろした。
しばらくは様子を窺いつつ、談笑をしていた。アリスティアが打ち解け始めた頃、ライラが控えめに手を挙げる。
「私、公爵家に来たという精霊術師について聞きたいです」
「ライラ令嬢。精霊術師ではありませんので、訂正してください。アリスティア令嬢と同じく、素質を持っている方です」
アリスティアよりも先にエミールが謝罪を求める。
「あっ、すみません」
指摘されたライラはわかりやすくしょんぼりと顔を伏せた。
「独り歩きしてしまった噂を止めることはできませんから。ライラ令嬢、気になさらないでください。でも、どんな噂が回っているのか、私も知りたいです。もしよかったら教えてもらえませんか?」
「は、はい! えっとですね」
家族から愛情を注がれて育ったライラは人懐っこく、社交界でも可愛がられやすい。懐に入り込むことがうまい彼女は事情通で、多くの情報を持っている。
しかし、話したがりが玉に瑕で、口止めされていたことすら喋ってしまうこともあるため、一部の令嬢からは反感を買っているそうだ。
「……お名前、なんでしたっけ?」
ライラは指を頬に添え、こてんと首を傾げる。
「フィリア令嬢です」
「まあ、他人行儀なのですね」
今まで黙っていたジェイドが口を挟む。
「フィリア令嬢の後見人はダンベルク侯爵ですから。家族になったわけでもありませんので、フィリア令嬢が許さなければ馴れ馴れしく接することはできません」
「じゃ、じゃあ! 公爵さまの隠し子というのは嘘なんですか!?」
テーブルに身を乗り出す勢いでライラが声を荒げる。その後すぐに「はしたなかったです」と咳払いをしたが、興奮は隠しきれていない。そわそわとアリスティアの返答を待っている。
「隠し子……ですか」
「実は、フィリア令嬢は公爵さまの隠し子で……アリスティア令嬢と腹違いの姉妹なのではないかという噂があるんです。でも、アリスティア令嬢の反応を見るに、根も葉もない噂だったようですね」
ライラがつまらなそうに首を振った。
真実を話してもいいが、公爵家の事情がどこまで知られているかはわからない。絶縁したものがいるなどと軽々しく口外してはならないだろう。
「陛下が公表されたことが全てです」
「フィリア令嬢はケドリック・ダンベルク侯爵の被後見人。そして確かに、リガーレの血が流れているため、精霊術師になりうる人物である」
エミールと目が合い、微笑まれる。
「皇帝陛下がおっしゃられたのですから、詮索はしないほうがよろしいでしょう」
「わかりました」
こくこくとライラが頷く。
「アリスティア令嬢、失礼なことを聞いてしまい申し訳ありませんでした」
「いえ。私が知りたいと言いましたから。ライラ令嬢。もし誰かが尾ひれのついた噂話をしていたら、間違いを訂正してもらえると嬉しいです。本当のことを知っているのはきっと、この場にいるものしかいないでしょう」
「もちろんです!」
エミールとジェイドはともかく、ライラは社交界に広めてくれるだろう。
フィリアがアイザックの隠し子という話のほかにも、家を追い出されていたが精霊術師として開花したから戻ってきた。公爵家が世間の注目を集めるために企てた。などと、当事者を前にしてはなかなか言えないであろう内容もライラは率先して教えてくれた。
ほとんどがフィリアに同情的な話がほとんどだったことも気になる。いくつかはダンベルク侯爵が流させたのではないかとアリスティアは結論付けた。
「きゃっ」
「あら、手が滑ってしまいましたわ」
思考を巡らせていたアリスティアは、カップの割れる音に顔を上げた。エミールが椅子から立ち、足元を気にしている。
「せっかくのドレスを汚してしまい申し訳ありません」
色のない表情で謝罪するジェイド。悪びれる様子はないように見える。
「ドレスは構いませんが……」
エミールは顔を青くし、侍女を呼びつけた。
「ごめんなさい。少々、席を外させてもらいます」
足早にエミールが退出する。しん、と重たい空気が流れた。
ライラは肩を丸めて萎縮し、ジェイドをちらちらと見ている。ジェイドはと言えば、すました顔で紅茶をすすっていた。
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