七話 騎士団
マリアンが両腕に抱える封筒の山を見て、アリスティアはため息をつきたくなった。マリアンは「お嬢さまは人気者だ」とにこやかだが、アリスティアの顔は疲れている。
フィリアを公爵家に迎え入れてから、茶会の誘いが二倍、いや、三倍ほど増えた。
「これは……エミール令嬢のサロンの招待状ね」
「エミール令嬢って皇太子殿下の婚約者ですよね?」
エミール・フローレンス。フローレンス伯爵家の長女であり、皇太子の正式な婚約者だ。今、社交界で最もと注目を集めている令嬢である。
「うまくいけば情報が集められそうね。返事を書くから、便箋を用意して」
サロンに出席する旨を記し、なるべく早く手紙を届けるように伝える。
「少し休憩するわ」
「お茶をお持ちしましょうか?」
「いいえ。外の風に当たろうと思うの」
ここのところ、祈りを捧げている時間以外は机に向かっていることが多かった。のびのびと散歩できればいい気分転換にもなるだろう。
「そうだわ。練武場へ行ってみようかしら?」
アリスティアがふわりと笑む。
「練武場ですか?」
「ええ。今なら第二騎士団が練武場を使っている頃だと思うの」
はたとマリアンが動きを止めた。にこにこと楽しそうにするアリスティアに、マリアンがはっとする。
「ち、違います!」
「あら? この時間帯は第二騎士団が使っていると記憶していたんだけど」
「そ……じゃなくて……じゅ、準備してまいります」
慌てて部屋を飛び出していくマリアンの背を見て、ふふ、とアリスティアは頬を綻ばせる。
公爵家には現在、二つの騎士団が編成されている。
第一騎士団。公爵であるアイザックの護衛、領地の警備が主な任務だ。先代公爵の代から所属しているものが多く、傭兵上がりや戦を経験している実力ある壮年の騎士で構成されている。
第二騎士団。こちらはアリスティアの護衛が主な仕事である。ただ、発展途上の若者が多く在籍するため、護衛の任務にあたるのは副団長のリーファスがほとんどだ。
随時行われている入団試験にさえ合格すれば、平民から貴族、幅広い身分のものが入団できる。
「お似合いだと思うんだけど」
戻ってきたマリアンとともに練武場へと向かう。
アリスティアがやってきたことに気づいた面々は手を止め、挨拶にやってきた。
訓練を中断しなくてもいいのに、とアリスティアは思うが、慕ってくれているのだと嬉しくも感じる。
「先日はありがとうございました」
「なにかしたかしら?」
代表したリーファスの後ろで騎士たちがこくこくと頷いている。
「お嬢さまからいただいた菓子はとてもおいしかったです」
あの日食べられなかった菓子を騎士たちに振舞ったことを思い出す。ただ、残念ながら人数分はなかったはずだ。
「我々で試合を行い、勝ったものが食べました。いつも以上に白熱し、よき訓練になったと思います」
菓子を食べたであろう騎士が数人、思いを馳せている。
「かなり気に入ってくれたみたいだから、今度は人数分を用意するわね」
「いえ」
リーファスはふるふると首を振る。今日はいつもよりきりっとした顔をしている。
「出し抜く機会があるからこそ白熱するのです。お嬢さまからの贈りものを賜るには強くなければなりません」
「そ、そう? みんながそれでいいなら私は構わないけど……熱が入りすぎて大きな怪我をしないように気をつけてね」
騎士たちに別れを告げ、練武場をあとにする。
「リーファスって背が高かったのね」
「え?」
マリアンは目を丸くする。
「ほら、リーファスって猫背になるときが多いじゃない。でも今日は胸を張っていたから、いつもより目線が高かったわ」
どうやら、からかいすぎてしまったようだ。マリアンはほんのりと頬を赤らめ、口を尖らせている。
「私は、マリアンには幸せになってほしいのよ」
「私の幸せはお嬢さまの幸せです」
こほんと咳払いをしたマリアンにはぐらかされてしまった。これ以上、言及したら本格的に拗ねてしまうかもしれない。
「ダンベルク侯爵の様子はどうかしら?」
部屋に戻り、廊下にも人がいないことを確認したアリスティアはマリアンに聞く。マリアンは顔つきを変え、念のため声を潜める。
「監視の話によれば大人しく過ごしているそうです。フィリアさまを公爵家に送り出して終わり、なんてことはないでしょう。なにかを企んでいるかもしれませんので、引き続き警戒を続けます」
それからマリアンはなにかを言おうとしたが、すぐに口を閉ざした。考えているであろう言葉が零れ落ちないように、ぐ、と口を一文字に結んでいる。
「なにか言いたいことがあるみたいね」
「……本当に、よろしいのですか?」
マリアンが言わんとすることはわかる。
「問題ないわ」
「ですが、やはりフィリアさまにも監視の目を付けたほうがいいかと思います。彼女自身がしかけてこないとは限りません。もしお嬢さまが陥れられるようなことがあれば……」
「仮に監視をつけたとして、フィリア令嬢に感づかれたらそれこそ面倒なことになると思うの。彼女がぼろを出すまで泳がせばいいだけの話よ。取り繕えないほど大きなぼろを出せば、きっとお父さまがつけるわ」
アリスティアは意地悪な笑みを見せる。マリアンはそれで納得したようで、まだ不服そうではあるが首を縦に振ってくれた。