五話 二人
謁見の間も兼ねている大広間まで案内してくれた臣下は一礼して踵を返していった。扉の両端に立っていた騎士が扉を開ける。
赤いカーペットが敷きつめられ、装飾で絢爛豪華に彩られた空間。部屋の奥の数段上、玉座に皇帝陛下が鎮座している。
「皇帝陛下にご挨拶申し上げます」
アイザックに続いてアリスティアとフィリアも頭を下げる。
陛下への謁見は片手で数えられるほどしかしておらず、アリスティアもこの瞬間はなかなか慣れない。
お辞儀の間に一呼吸をつける。
「すでにダンベルク侯爵から話は聞いている。フィリア令嬢にはリガーレの血が流れ、精霊術師の素質を持ちえたる人物であると。リガーレ公爵、相違はないか?」
「ございません」
家族のいざこざなど血縁の前ではなんの関係もない。
フィリアがアイザックの弟であるエヴァンの娘であることはすでに調べがついている。縁切りしている公爵家からすればはた迷惑な話であるが、隠すこともできない。
陛下は考えるようなそぶりを見せ、アリスティアとフィリアを見比べる。
「アリスティア令嬢」
「はい」
アリスティアは小さく唾を飲み、まっすぐと陛下を見やる。品定めするかのような視線に心が震えた。
「過去、精霊と契約したものが二人同時に生まれたことはあるか?」
「リガーレでは過去に姉妹や従姉妹も生まれております。しかし、その時代に精霊が選ぶのは必ず一人だったと記録には綴られていました。精霊術師の候補が複数いる場合、精霊が全員の手を取ることはないと理解しています」
陛下の「ふむ」という声が降ってくる。
「フィリア令嬢」
「はい、陛下」
「そなたは先日まで己がリガーレだと知らなかったそうだな」
「後見人であるダンベルク侯爵から伺いました」
アリスティアは内心ぎょっとする。
先月に自分がリガーレだと知ったばかりだというのに、しかも当の父親は公爵家から縁を切られてもいるというのに。よくもまあ自信満々にリガーレの姓を名乗り、乗り込んでこられたものだ。
「今は見えなくとも、私には精霊がついていると信じています。必ずや精霊術師となり、帝国に貢献してみせましょう」
「期待している」
その後、陛下とアイザックは二人で話をするということで、アリスティアとフィリアは外に出された。
「皇城ってとても立派で素敵なところね。見てまわってもいいのかしら? ねえ、アリスティア」
「仕事の邪魔をしなければいいと思うわ。くれぐれも騒がないようにしてね」
アリスティアはフィリアと別れ、マリアンを迎えに行く。大広間から少し離れた場所でマリアンはリーファスと談笑していた。
「邪魔してしまったかしら?」
「お嬢さまが邪魔になることなどありえません」
マリアンの言葉に「うんうん」とリーファスも頷く。
「お一人でしょうか」
「ええ。お父さまは陛下と話を。フィリア令嬢は……皇城を見学するそうよ。私も久しぶりに歩いてみようかと思って」
侍女と騎士を連れ、アリスティアは皇城を歩く。
庭園を目指していると、アリスティアは前から見覚えのある人物が来ていることに気づく。
「アリス」
翠色の瞳を細め、ふわりと微笑むのは――、
「皇太子殿下にご挨拶申し上げます」
ナトラ帝国の皇太子その人だ。金色の御髪が笑顔と同じく輝いている。
彼は十三年前、十歳の誕生日を迎えたときに皇太子となった。すでに婚約者もいるが、すらりとした体型に長身、整った顔立ちのため諦めきれない令嬢も多いと聞く。
「話は聞いたよ。大変だったね。僕に手伝えることがあったら、なんでも言ってほしい」
「お心遣いに感謝いたします。ランハート殿下はお変わりありませんか?」
端的に返すアリスティアにランハートは寂しそうに目を細める。
「うまくやっているつもりだよ……っと、そろそろ行かなければ。久々にアリスの顔を見られてよかったよ」
アリスティアは頭を下げる。こつこつと遠ざかっていた足音が、躊躇いがちに止まった。
「さっきのことは社交辞令じゃないよ。忘れないで。アリスが僕の、命の恩人であることを」
そう言葉を残し、ランハートは歩いて行ってしまった。
「恩人……?」
マリアンが首を傾げ、答えを求めるようにアリスティアを見る。
「殿下は私をからかっているのよ」
マリアンの頭上に、さらに疑問符が浮かぶ。そんなマリアンはリーファスに顔を向けるが、「知らない」と首を横に振られてしまった。
「そろそろ、お父さまが戻ってくるかしら。庭園はやめて、馬車で待っていましょう」
踵を返したアリスティアを、マリアンとリーファスは慌てて追いかけた。