四話 腹の探り合い
三日も経たないうちにリガーレ公爵家に新たな爵位継承者が現れたと貴族社会に広まった。どこかしこで開かれる茶会では専ら、その話題が尽きないのだという。
だからというわけではないが、アリスティアとフィリアは皇帝陛下より直々に皇城に招待されている。そこらの貴族ではなく公爵、さらにリガーレときた。陛下とて無視はできないのだろう。
真偽を確かめることももちろん、貴族たちのなかで尾ひれのついた噂が広まるのを防ぐためだ。
陛下から公表された事柄ならばとやかく言うものはいまい。
「私、皇城に行くのは初めてなの。アリスティアは行ったことある?」
「ええ、あるわよ」
公爵家の紋章の入った馬車に、アリスティアとフィリアは揺られている。アリスティアの隣に座るマリアンは気取られないようにフィリアのことを観察していた。
「別邸での暮らしに不自由はないかしら?」
アリスティアはにこやかに尋ねる。
「ええ! みんな、よくしてくれるの。お義父さま……あっ。公爵さまにも気にかけてもらっているから」
フィリアの『お義父さま』発言にマリアンの顔が僅かに険しくなる。あくまでもフィリアは継承権を得ただけであって、公爵家の人間になったわけではない。
マリアンは本当ならこの不届きものを馬車から蹴りだしてやりたい思いだろうが、アリスティアの面目のため、ぐっと堪えているようだ。
「ごめんなさい。亡きお父さまとそっくりで……」
フィリアは目を潤ませ、悲しげに目を伏せる。
「気にしなくていいのよ。それにあなたはお客さまだもの。公爵家のお客さまに相応しいおもてなしをしなければ笑われてしまうわ」
アリスティアはにこりと微笑む。視界の端でマリアンが「よく言った!」とでも言いたげな顔をしていた。
「ねえ、アリスティア。もし皇帝陛下に認められなかったらどうしよう? 私、すごく不安なの」
「フィリア令嬢は陛下になにを認めてもらいたいのかしら?」
「え? それはもちろん……精霊術師としてよ」
少し間を空けて、フィリアが口角を上げた。隠す気もないあからさまな挑発に、アリスティアは呆れて笑いが込み上げる。
ふふ、と笑ったアリスティアにフィリアはぴくりと眉を動かした。望んでいた反応とは違ったのだろう。
「そんなこと、あなたが心配する必要はないわ」
出生からしてフィリアに貴族たちとの交流はないと推測できる。だからこの大事な場面で、表情に出してしまうのだ。
「だって、精霊術師は精霊が選ぶのよ? そこにどうして陛下が出てくるのかしら。もしかして、陛下が精霊術師を選出すると思っていたの? フィリア令嬢に教えてくれた人は、精霊についての知識があまりなかったのかもしれないわね」
フィリアが唇を噛んでいるのが見える。
「でも、大丈夫よ。公爵家には精霊について記述された本がたくさんあるの。フィリア令嬢も素質はあるんだから、これから学んでいけばいいのよ」
マリアンが隣で小さくこくこくと頷いている。
「そう、ね。ありがとう、アリスティア」
悔しそうに顔を伏せるフィリア。屈辱から声も震えていた。少し突いただけでフィリアはあっさりと静かになってしまった。
アリスティアはそんなフィリアをじっと眺める。
今さらになって権利を主張し、日の目を浴びようと表に出てきて、これほど注目を集めることをしでかしたのだ。
どちらが精霊術師の称号を手にしようと、争いに負けたほうは絶大なダメージを負うことになるのは間違いない。
だというのに、後見人のケドリックにはなにか勝算があるとでも言うのだろうか。それこそフィリアが精霊術師になるような確固たる策が。
「お嬢さま。皇城が見えてきましたよ」
いつもは半日ほどかかる道のりだが、今回はフィリアのおかげで退屈はしなかった。
ただ、心臓や胃には悪い。これ以降はできれば何事もなく順当に、フィリアと関わることなく過ごしていきたいところだ。
が、そうもいかないのが現実である。
これからことあるごとにフィリアと並べられ、比べられ、どちらにつくべきか品定めされることになるだろう。
それを思うと頭まで痛くなってしまいそうである。
「足元にお気をつけください」
先行していた馬車に続いて門をくぐり、皇城の敷地内へ降り立つ。マリアンはかいがいしく、アリスティアに危険が及ばないように周囲へと気を配っている。
「お待ちしておりました。リガーレ閣下。アリスティア令嬢。フィリア令嬢」
「ついてきなさい」
臣下とともに二人が揃うのを待っていたアイザックが指示を出す。それから目配せをされた臣下がこくりと頷き、陛下の元へと案内してくれた。