最終話 精霊術師
「まず、結論から述べさせていただきます。フィリア令嬢が召喚したのは精霊ではなく、妖精です」
ナトラ帝国において、妖精は悪である。もし帝国内で妖精と関わりを持つことがあれば、それは誰であろうと重罪だ。
「な、なにを言ってるの!? こんなときにまでふざけないで!」
「ふざけていないわ。本当に、おかしいと思わないのかしら?」
「はあ!?」
激高するフィリアを前に、アリスティアは右手を出す。己の中から三人の精霊が姿を現した。
ちら、と様子を窺うと、フィリアは驚いた様子はおろか、なんの反応すらしなかった。
やはり、フィリアには精霊が見えない。
「なによ、この手は」
「あら? 精霊がいるのだけど、フィリア令嬢には見えないのかしら?」
会場中の人間が目を見開いた。
「しかし、アリスティア令嬢。私の目には精霊の姿など見えない。そなたの右手に、精霊がいるというのか?」
「見えなくて当然なのですよ、陛下」
「どういうことだ?」
アリスティアはにこりと微笑む。
「親和力の低い人間には、精霊は見えませんから」
陛下の視線がゆっくりと、フィリアの傍にいるそれに向く。
「へ、陛下! 彼女は嘘をついています!」
「いいえ。それとフィリア令嬢。それが精霊でない証拠は、まだあるわよ」
フィリアはぎり、と奥歯を噛む。
「精霊は、喋らないもの」
一度だって、アリスティアは精霊と言葉を交わしたことはない。過去の精霊術師だって、精霊と話した記録は残っていないのだ。
「フィリア令嬢。あなた、アーティファクトを使って精霊を召喚しようとしたのね? でも、精霊は召喚するような存在ではないわ」
アリスティアは小さく息を吐く。
「それに、ずっと不思議だったの。あなたには準精霊すら、見えていないのね」
アリスティアの周りで淡い輝きたちが発光する。それすらも、フィリアには見えていない。
「陛下。フィリア令嬢こそ嘘をつき、アーティファクトによって我々を欺き、妖精と契約を交わした大罪人にございます」
アリスティアは明言する。
「だが、私にはそなたの主張を鵜呑みにすることはできない。どちらが本当のことを言っているか、判断するには……」
「それでは、私が証言いたしましょう」
大広間の入り口から聞こえた声に、全員が振り向いた。
「おばあさま……」
唇を噛むフィリアが、ぼそりと呟いた。
「あ」
アリスティアの目に映る。悠然と歩くシルビアの後ろに、金色をした精霊の姿が。大きさも、人間とそう変わらない。
「アリスティアが述べたことは全て真実だと、帝国の精霊術師の名にかけて、私、シルビアが証言いたしましょう」
ざわざわと貴族たちが騒ぎ始める。
風向きが、変わる。
「フィリア。私の後ろにいる精霊が見えますか? どんな姿か、説明してごらんなさい」
フィリアはふるふると震えるばかりで、なにも言えないでいる。
「残念です」
シルビアが悲しそうに眉を下げる。
「アリスティア、説明してもらえますか?」
「おばあさまより頭半分ほど高い背丈をしており、その全身は金色で荘厳な姿をしています」
アリスティアの答えに、シルビアは微笑みで返す。
「まだ小さいですが、三人も。立派な精霊術師になりましたね、アリス」
赤や青、黄の精霊たちが嬉しそうに舞う。
「なんで、そんな……だって、おじさまは……そう、そうよ。おじさまを、ケドリックおじさまを呼んで!」
フィリアは声を荒げる。
「ダンベルク侯爵ならば、すでに身柄を拘束していますよ。帝国において禁忌のアーティファクトを持ち込み、妖精を召喚しようと企んだのですから」
こつこつとシルビアはフィリアに近づく。周りの人たちに聞こえないくらいの声量、けれどアリスティアには聞き取れた。
「あの子がなしえなかったことを、手助けする人が現れるとは思っても見ませんでした。フィリア、あなたもです。本当に、残念です」
精霊術師の証言により、フィリアは皇室の騎士に拘束された。最後まで甲高い声でなにかを叫んでいたが、それらが聞き入れられることはなかった。
騒動が終わり、アリスティアはシルビアとアイザックに抱きしめられていた。貴族たちはすでに大広間から出されているが、皇帝はこの場におり、いつの間にか皇太子もやってきていた。
どうやら、ケドリックを拘束したのは皇太子であるランハートだったようだ。
アーティファクトとは別件で向かっていたようだが、勝手に口走ったことでことが露呈したという。侯爵家を制圧する皇太子は、それはそれは鬼気迫ったものだったそうだ。
それから、月日がすぎた。アリスティアは、一度は奪われかけた精霊術師の称号を手に入れた。
けれど、すぐになにかをするわけではない。シルビアから教えを受けながら、いつか唯一の精霊術師になったときのために親和力を高めていくのだ。
フィリアがどうなったかは知らない。聞けば教えてくれるのだろうが、アリスティアにとってはもう、どうでもいいことだ。
「アリス、行きますよ」
「はい、おばあさま!」
数年、十数年、数十年と精霊とともに帝国を支え続けたアリスティアという精霊術師は未来に渡り、語り継がれていくだろう。
完結することができました。
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