三十一話 証人
公爵家へ帰ってきたアリスティアは、玄関ホールにいたフィリアと邂逅する。
「ケドリックおじさまと公爵閣下、それと皇室へ送ることも忘れないでね。ああ、おばあさまにも知らせたほうがいいわね」
フィリアから手紙を受け取った騎士の一人が足早に公爵家を出ていった。
アリスティアと目を合わせたフィリアはにやりと勝ち誇った笑みを浮かべる。それから悠然と近づき、口を開く。
「あら、早いお帰りね。でも残念だけれど、精霊に選ばれたのはアリスティア、あなたじゃなくて私だったみたい」
アリスティアは奥歯を噛みながら、視線を周りにやる。
「大丈夫よ。今までずっと、次代の精霊術師としてアリスティアが頑張ってきたことはみんな知っているじゃない? 手のひらを返す人もいるかもしれないけど……」
フィリアの周りには、精霊の姿はない。
「ところで、精霊はどこにいるの?」
「もしかして、私が嘘をついていると思っているの?」
「いいえ。精霊の姿を確認したいの」
騒ぎを知った侍従たちが集まり、ざわざわと会話を交わしている。
「他の人には見せたのよね? だったら、私にだって見せてくれてもいいじゃない」
アリスティアはなんとか平常心を保つ。
準精霊が精霊になる瞬間を、アリスティアはたしかに見たのだ。精霊が同じ時代に、二人の人間の手を取るなど、ありえるのだろうか。
「あの侍女には証人になってもらうために、姿を確認してもらったわ。でも、今ここで他の人に見せるつもりはないのよ。アリスティア、あなたにもね」
「どうして?」
「だって、お披露目はみんなの前でしなくちゃ。私が精霊術師になったと、知らしめないと」
アリスティアはフィリアが指をさした侍女に視線を向ける。茶髪の若い侍女だ。彼女は興奮した表情でこくこくと頷いた。
「た、たしかにこの目で拝見しました! フィリアお嬢さまが精霊を召喚し、契約なさるところを!」
また、フィリアは誇らしそうに笑った。
「ほら、言ったでしょう?」
なにかが、引っかかった。
フィリアが精霊を召喚したことに隠れて、なにか大きなことを見落として――、
「召喚?」
「まだ疑うつもりなの? 往生際が悪いわよ、アリスティア」
フィリアを無視し、アリスティアは茶髪の侍女に歩み寄る。
「召喚って、どういうこと?」
「え? そ、それは……フィリアお嬢さまが、なにかを」
「アリスティア! いい加減にして。あなたはもう、負けたのよ! この私に、フィリア・リガーレに、負けたの!」
フィリアは茶髪の侍女の手を引き、別館の方向へと歩き出した。
「この侍女はれっきとした証人だから、陛下に呼ばれるまで私の傍にいてもらうわ。あなたに横やりを入れられないようにね」
「待ちなさい、フィリア令嬢! あなた、もしかして――」
「待たないわ」
つかつかとフィリアは人混みを抜け、この場からいなくなってしまった。
どくどくと心臓が早鐘を打つ。周りの音が、遠のいていくような錯覚。この違和感が間違いないのであれば、とんでもないことが起きているはずだ。
「お、お嬢さま……」
マリアンが不安そうに声をかける。
「……大変だわ」
「そ、そうですね。きっと、フィリアさまがなにか細工を」
「マリアン」
「は、はい!」
縮こまっていたマリアンの背筋が伸びる。
「一大事よ」
マリアンに手紙を用意するように頼み、リーファスにも準備をしてもらう。
「リーファス、さっき乗っていた馬はまだ表にいるわよね?」
「はい、おります。餌と水も与えましたので、いつでも走ることができます」
アリスティアはこくりと頷く。
「おばあさまに……いいえ。精霊術師に手紙を出すわ。急いで送り届けてほしいの」
「承知いたしました。私は馬に乗って待機しておりますので、いつでも」
玄関ホールに集まっていた侍従たちの視線が一身に突き刺さる。心配そうだったり不安そうだったり、すでに憐れむようなものまであった。
今だって、精霊術師である祖母に泣きつこうとしているのではと思われていてもおかしくないだろう。
しかし、どう捉えられていようと関係ない。これはアリスティアにしかわからず、気づけないことである。
「お嬢さま! 紙とペンをお持ちしました」
「ありがとう。急いで出したいから、マリアンが代筆してくれるかしら?」
「もちろんです。お嬢さまのお言葉は、一言一句違わず綴ります」
アリスティアは器用に手の平で書こうとするマリアンに耳打ちをした。
「私に任せ、なにもしないでください」
小さく「え」とマリアンの口から驚きの声が漏れる。目をぱちくりとするマリアンに、アリスティアは微笑みかける。
「時間がないから急いで。あなたにしてもらいたいことはまだ残っているから」
戸惑いながらも綴ったマリアンから手紙を受け取り、すでに乗馬しているリーファスへと渡す。
シルビアが先に動く前に、一刻も早く届くのを願うばかりだ。




