二十六話 贈りもの
アリスティアが目を覚ましたのは、それから丸一日が経ったときだった。真っ先に目に入ったのは、弓を握るマリアンだ。
寝惚けて幻覚を見たのだと思ったが、どうやら現実だったようで。
「お目覚めになられましたか!?」
「大きな声を出さないで」
頭に響く。
「私は、どれくらい眠っていたの?」
「ほぼ一日、眠りについていました。度々、酷くうなされていて……」
マリアンが拭いていてくれたが、体が汗ばんでいる。手を貸してもらいながら湯浴みをし、アリスティアは一息ついた。
「ところで、どうして弓を持っていたの?」
「お嬢さまをお守りするためです」
「でも、部屋の前にも騎士がいたのよね?」
アリスティアが風邪で寝込んでいる間、騎士が配置されていたようだ。なにもそこまでしなくてもいいのに、と思うが、口には出さず受け取っておく。
「窓の外にはいないじゃないですか」
「まさか、射落とすつもりだったの?」
「侵入者がいれば」
あまり想像したくない。
「邸宅から持ち出さないという約束は守っています」
アリスティアから弓をもらったマリアンはたまに、練武場で矢を射っているそうだ。ただ的に向かって放つだけで、派手な動きもしていない。
それでも、マリアンはとても楽しそうだと他の騎士が言っていた。
「病み上がりで申し訳ありませんが、お耳に入れておきたいことがあります」
「なにかしら」
マリアンは握っていた弓を膝の上に置き、背筋を伸ばした。
「ケドリック侯爵に動きがありました。ブロンネージュの商人と取引をしていたようです。なにかまでは特定に至らず、現在、調査中です」
「ブロンネージュ……」
このずきりとした頭の痛みは、病からきたものではないだろう。
ここ最近、『ブロンネージュ王国』の名前をよく聞く。
「フィリア令嬢の様子は?」
「特に目を引く行動はありません。大人しく過ごしているそうです」
二人がなにかを企んでいるのは、間違いない。だが、ケドリックとフィリアの関連性がよくわからない。
うまく連携を取るわけでもなく、あくまで別々に動いているということだろうか。
「フィリア令嬢は、利用されているだけ?」
フィリアは丸め込まれて、純粋に精霊術師を目指している可能性もなくはない。しかし、それだと攻撃的な言動に理由がつけられない。
「対立するように侯爵に言われている?」
対立したところで、フィリアにメリットなどない。公爵家で居心地の悪い思いをするだけだ。今のように。
「少し散歩でもしようかしら」
「まだ起きたばかりではありませんか。調子が戻るまでお休みになられていたほうが……」
「頭をすっきりさせたいのよ。体も動かしたいし」
アリスティアはマリアンとともに部屋を出る。じっと視線が後ろから注がれていた。少しでもふらつけばすぐに部屋へ連れ戻されてしまうのだろう。
玄関ホールまでやってくると、侍従たちが集まっていた。
「なんの騒ぎ?」
「あ、アリスティアお嬢さま!」
困った顔の侍女たちはラッピングされた箱の数々を囲んでいる。
「これは?」
「それが……」
言い淀む侍女たちが顔を合わせる。
「全てフィリアお嬢さまに贈られてきたものです」
「これらを受け取ったのは誰かしら?」
「ぼ、僕です!」
執事服に身を包んだ、まだ若い執事が前に出た。
「なんと言われて受け取ったの?」
「ケドリック・ダンベルク侯爵の元に届いた、フィリアお嬢さま宛ての荷物をこちらに送ったと申しておりました。馬車一台分はあったと……」
アリスティアは今一度、プレゼントの山に目をやる。包装に添えられた手紙の差出人を確認すれば、複数の貴族家門から送られてきているようだった。
「マリアン」
「はい」
「念のため、名前をメモしておいて。それが済んだら別邸に、フィリア令嬢に届けてもらえる?」
「承知しました」
アリスティアはくるりと振り返る。
「運搬に必要な人数だけ残して、他は仕事に戻って」
そう命令すると、執事数人だけがその場に残り、侍女たちはばたばたと仕事に戻っていった。
「それにしても、すごい数ですね。フィリアお嬢さまは令嬢たちのお茶会などにも出席していないはずですが」
「それでも、唾をつけておいて損のない人物ではあるわ」
公爵家の中での地位が高くなくとも、外からはそんなことわからない。次代の精霊術師かもしれない人物に飛びつかないほど、『待て』はできないだろう。
「全てまとめ終わりました」
「ありがとう。あとのことは、マリアンに任せるわ。わかるわよね?」
「え、お嬢さま! どちらに?」
「言ったでしょう? 散歩をするって。マリアンがいなくても大丈夫よ。部屋にはすぐ戻るつもりだから」
引き留めようとするマリアンをその場に置いて、アリスティアは外に出た。背中から、急いで運ぶよう指示するマリアンの声が聞こえてきていた。