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精霊術師の称号を!  作者: 綾呑
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二十話 衝撃的

 この泉には太陽の光が降り注ぐ。けれど水はキトンを重く濡らし、肌に密着する。震えが全身を伝った。


 しかも、この泉はかなり深い。公爵家の泉はアリスティアが膝をつくとちょうど胸のあたりに水面がある深さだが、ここの泉は立っただけで胸元に水面がある。膝をつこうものなら頭のてっぺんまで浸かってしまう。


 それに、水底の土は緩く、踏ん張りもきかない。波はないため体が揺れることはないが、気を抜けば足を取られてしまうだろう。


「――」


 アリスティアは胸の前で両の手を組む。心の中で、今も傍を漂う準精霊に話しかける。伝わっているかは定かではないが、淡く光りながら揺れるのだから、汲み取ってくれているとアリスティアは思う。


「今日はなんだか、あなたたちの声が聞こえてくるような気がするわ」


 いつもは淡い点滅を返事と捉えている。しかし今日は、頭の中に声が響いてくるような錯覚があった。


 もしかしたら、なんて期待が胸を躍らせる。ここは他ならぬ、精霊術師と精霊が住まう場所なのだから。


 けれど、アリスティアはその考えを頭から追い出してしまう。きっとこれは、浮足立っている自分で作り上げた幻聴だろう。


 文献や日記にも、準精霊の声が聞こえるなどといった記述は見たことがない。変に期待することはやめよう、とアリスティアはよりいっそう、祈りに集中した。


 そうなにかに祈りを捧げているアリスティアを遠巻きに眺めているのはランドルフだ。いきなり泉に入ったときはなにをとち狂ったのかと思ったが、どうやら冗談などではないらしい。


 木々の間から、ドレスが風にはためいているのが見えた。恐らく、枝にひっかけているのだろうが、少々、いやかなり、衝撃的だ。


 貴族の令嬢とは、そのようなものではなかったはずだ。少なくとも、ランドルフが見てきた貴族の少女は、フィリアのような存在がほとんどだった。


「あの若造、しっかり監視してるんだろうな」


 やけに腰の低かった若い騎士に、なにも根拠があって忠告してやったわけではない。動物的な勘とでも言えばいいだろうか。


 あの少女を見ているだけで、なんともおぞましいものと対峙しているような気がしてならなかった。


 それは、ああして祈りとやらを捧げている令嬢が、深手を負わせたからに違いないが。


 二人はランドルフとリーファスに険悪さを隠そうとしていなかった。少なくとも、精霊術師には気取られないようにしていたが。


「無理ねぇか」

「なにが無理なのかしら?」


 はっとしたランドルフの目には、少し歩きづらそうに泉を上がろうとするアリスティア。一瞬の迷いののち、ランドルフは手を貸しに近づいた。


 咄嗟に手を差し出してしまったが、失礼にあたるのではないかと逡巡する。


「助かるわ」


 ぐん、と手のひらに重みが乗る。見れば水を吸ったキトンは重そうで、歩くのに難儀していた。


「タオルを……」


 と言いかけ、そんなもの持っていないことに気がつく。


「タオルならドレスと一緒に置いてあるわ。悪いけれど、もう少し時間をちょうだい」

「承知いたしました」


 なにが楽しくてそんなやり切った顔をしているのか。ランドルフには理解できない。


「用があればお呼びください」


 硬い表情のランドルフに見送られ、アリスティアは着替えた場所に向かう。


 木の枝にひっかけておいたタオルで体を拭き、キトンからドレスに着替え直す。これはこれで、違う重さが体にかかる。


「マリアンがいないと、やっぱり大変ね。元気にしているかしら」


 マリアンに思いを馳せながら、ランドルフの元へ戻る。


「それじゃあ、帰りましょう」


 帰り道、無言が続く。ちらちらと視線を感じ、切り出されることを持つ。


「いささか、不用心ではないでしょうか」

「え?」


 ランドルフが渋い顔をして見下ろしていた。


「無礼な言葉をお許しください。公女さまがお一人で、しかも野外で……ご自分の価値を理解しておられますか?」


「もちろん理解しているわ。それに、今日はランドルフがいるから一人じゃなかったじゃない。普段はマリアンとリーファスを同行させているし、泉は野外にしかないわ」

「……浴槽ではだめなのですか?」


 あまりに真剣に、それでいて苦言を呈するように言うものだから、アリスティアは笑いそうになってしまった。


「浴槽は人間が作っているじゃない」

「自然物だから、泉に?」

「そうよ。水、風、土……火は、太陽が入るかしら? 自然を一番に感じられるのが、泉だと私は思うわ。川や海でもいいけれど、遠いし危ないから」

「泉が沼だったらどうするのですか」


 別の危険性を提示される。


「公爵家とおばあさまのお屋敷の近くに、そんな危険なものがあると思って?」


 ランドルフは眉をひそめた。


「お嬢さま以外に入られるものはいないと思います」


 それは、言い返せない。


「ちゃんとおばあさまには許可を取っているわ。ここは帝国一、安全な場所よ。あなたが思っているようなことは起こらないわ」

「そうであるなら、我々はこうしてついておりません」


 ランドルフは騎士の顔を作る。アイザックから受けた任務だ。遂行しなければならない責任と義務があるのだろう。


「だったら、あなたたちがしっかり守ってちょうだい」


 アリスティアはふいと顔を逸らし、空を見上げる。まだ青い空に、丸い月が薄っすらと浮かんでいた。


「今日はいよいよ、満月ね」

「話を逸らさないでください」

「ふふ。私はまたあなたの言う不用心とやらをするわ」


 子供のしつこいいたずらに折れる親のように、ランドルフは肩を下げた。

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