十二話 連絡
「殿下とおばあさまから?」
マリアンは神妙な面持ちで二通の手紙を差し出した。
皇太子と祖母の名前が同時に上がり、アリスティアは身構える。だが、どうやらそれぞれ別件らしく、合わせて送ってきたわけではなさそうだ。
皇太子と精霊術師、名立たる人物から全く同じタイミングで手紙が送られてくるなど、心臓に悪すぎる。
「どちらからご覧になりますか?」
アリスティアは顎を指先で押さえ、しばし考え込む。
「殿下からの手紙を先に読むわ」
香を焚いているのか、花のような香りがふわりと漂う。
「お茶の誘いのようね」
アイザックにではなく、直接アリスティアに送ってきたということは個人的な誘いだろう。
ランハートの婚約者であるエミールの姿が脳裏に浮かぶ。他にも茶会に参加する人がいれども、婚約者のいる異性と茶会など変な勘繰りをされないだろうか。
ましてやアリスティアは話題の渦中にいる人物だ。憶測で作り上げられた噂が広がりかねない。
「でも、断るわけにはいかないわね。日程が先なことから殿下も慎重になっているようだわ。なにかあったのかしら」
疑問を残しつつも、アリスティアは祖母のシルビアからの手紙に目を通した。
『月が満ちる日、精霊は星に揺蕩う。輝きのもとで話をいたしましょう』
真っ白な便箋には、それしか綴られていない。
念のため文字が隠されていないか裏返したり光にかざしたりするが、これといって痕跡は見つからなかった。
「なにか気にかかることがありましたか?」
「とても短いお誘いだから、少し考えていただけよ」
マリアンは決して手紙を覗いたりしない。差出人が誰であろうと、アリスティアが許可しない限り素知らぬ顔をしてくれる。
これもマリアンを信頼できる理由の一つだ。
「返事はどうされますか?」
「殿下には返すけれど、おばあさまには返さないわ。この手紙も、誰にも知られないように処分しておいてくれるかしら」
アリスティアは手紙を封筒にしまい、マリアンに渡す。
「燃やしても構いませんか?」
「ええ。それがいいわ。お父さまにも知られてはだめよ」
「もちろんです」
マリアンは手紙を懐にしまう。
そのとき、部屋の扉がノックされた。
「アリスティアお嬢さま。公爵さまがお呼びです」
「ちょうどいいわね」
マリアンはこくりと頷き、一足先に部屋を出ていった。ランハートからの手紙を引き出しにしまい、アリスティアは執務室へと向かう。
途中、リーファスと出会い、聞けば彼もアイザックに呼ばれているそうで。
「僕はなにか、してしまったのでしょうか」
茶色い瞳が僅かに濁っているような気がした。
「なにかした覚えはあるのかしら?」
「鍛錬は怠っていないと自負していますし、任務も滞りなく……している、つもりです」
語尾が弱々しくなっていく。心当たりはないはずなのに、あずかり知らないところでやらかしてしまっているのではないかと不安がつのる。
リーファスの肩はだんだんと下がり、丸まっていく。
「後ろめたいことがないなら、胸を張っていればいいのよ。リーファスが勤勉で剣の腕が立つことはみんなが知っているもの」
「お嬢さま……!」
リーファスは瞳をうるうるさせ、胸の前で両の手を握った。まるで崇めるかのような表情に、アリスティアは苦笑する。
「だから――」
「……っ」
執務室の前に、フィリアの姿があった。謹慎期間はすでに終えているため、ここにいても不思議はない。
アリスティアがぴたりと足を止めると、リーファスもすぐに気づく。フィリアは決まりの悪そうな顔をしてなにかを言おうとしたが、ふいと顔を逸らした。
「お父さまに呼ばれていて執務室に入らないといけないんだけど……どいてもらえるかしら?」
「私も呼ばれているのよ」
アリスティアを睨んだフィリアはノックもせずに執務室の扉を開けた。アリスティアは小さくため息をつき、開け放たれた扉を一応ノックする。
「この件については任せる」
「承知いたしました」
執務机につくアイザックは傍に立っていた壮年の騎士にそう告げる。騎士はフィリアとアリスティアに礼をすると出ていった。
「全員、揃ったな」
アイザックは三人の顔を見回す。
「おばあさまから連絡があった」
アイザックはシルビアのことを『おばあさま』と言う。年少者、ここではアリスティアとフィリアに合わせてそう呼んでいるのだろう。
「アリスティアとフィリア令嬢の顔を見たいそうだ。したがって、二人には彼女のいる場所に向かい、しばらく滞在してもらう」
わかったか、とアイザックは声を低くした。
「いつから、どれくらいの期間でしょうか」
「四日後の夜に発つ。到着したら一週間ほど過ごしてもらう。もちろん、おばあさまの意向により前後する可能性もあるが」
「わかりました」
ランハートとの茶会はすぐではないが、念のため一ヶ月先から予定を組んでもらうよう返事を書いたほうがいいだろう。
「他に聞きたいことはあるか?」
背後から緊張が伝わってきて、アリスティアは質問を重ねる。
「リーファスがここにいるということは、彼も同行するということでよろしいですか?」
「ああ。リーファスとランドルフに同行してもらう」
ランドルフとは第一騎士団の副団長であり、先ほど部屋を出ていった壮年の騎士だ。色素の抜けた白髪に三白眼、少し厳つい見た目をしていた。
「リーファス、ランドルフと言葉を交わしたことは?」
「ありません」
「ならば出立前に一度、言葉を交わしておくことをおすすめする。手合わせもするといい」
「手合わせ、ですか」
リーファスは顎を引く。
「ああ。ランドルフは槍使いだ。連携を取るためにも互いの戦い方を把握しておいたほうがいい」
扱う武器が違えば、距離感や戦術は変わる。所属する騎士団が違えば、空気感も肌に合いにくいかもしれない。
「それに彼は気難しい性格でね。打ち解けるには拳で語り合ったほうが早いのではないか?」
「後ほど、声をかけてみます」
思わぬ提案だったが、なぜ自分がこの場にいるのかを聞けたリーファスは安堵の息とともに、体から力が抜けそうになった。