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精霊術師の称号を!  作者: 綾呑
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十一話 お客さま

 爽やかな洗濯日和が一変。本邸の裏庭は緊張感に包まれている。気温は暖かで快適なはずなのに、寒気がした。


 ただ和気あいあいと洗濯をしていただけだったはずなのに、まさかこんなことになるとはだれも想像できなかっただろう。


「二人とも並びなさい」


 アイザックの指示にアリスティアとフィリアは大人しく従う。

「フィリア令嬢。なにがあったか話しなさい」

「……はい」


 フィリアは体の横で、ぎゅっと手を強く丸める。アリスティアがちらりと横目で見やると、僅かに顔を強張らせているのがわかった。


「私はお世話になっている侍女たちの役に立てると思い、洗濯の手伝いをしていました。そこにアリスティアがやってきて……いきなり怒り出したんです」


 様子を窺うようにフィリアがアリスティアへ視線を向ける。


「あまりに突然のことで……なにも言えないでいる侍女たちを、アリスティアは糾弾し始めたんです。信じてください、おじさま! 彼女たちは悪くないんです」


 話しているうちに、フィリアの身振りが大きくなる。最後は片方の手を胸の前に置き、もう片方の手を広げ、訴えかけるように声を大きくした。


「アリスティア」

「はい」

「なにがあったのか話しなさい」


 名前を呼ばれ、アリスティアは胸を張る。


「フィリア令嬢が使用人の仕事をしていたので、侍女たちになぜそのようなことをさせているのか聞きました」


 端的な弁明にフィリアは一瞬呆ける。


「聞くだなんて、そんな穏やかじゃなかったじゃない! 責めてるような物言いだったわ」


 アリスティアに言葉を浴びせるフィリアを見て、アイザックは額に手を当て、ため息をついた。


「なにがあったのか、君たちからも話しなさい」


 侍女たちに向き直ったアイザックに、フィリアは歯を食いしばる。


「わ、私たちが洗濯をしていると、フィリアお嬢さまが手伝うとおっしゃられましたので……手を、貸していただきました」


 一人の侍女が恐る恐る申し出る。


「それからしばらくしたとき、アリスティアお嬢さまがお見えになられ……『なにをしたかわかっているのか』と聞かれました」

「では、なにをしたかはわかったのか?」

「申し訳ありません」


 アイザックに圧倒され、目に涙を浮かべる侍女もいた。


 騎士には身振りで剣をしまうように伝え、肩を並べる二人を見やる。凛とした佇まいのアリスティアと不服そうに体を強張らせるフィリア。


「フィリア令嬢に仕事を任せた侍女は一ヶ月の減給処分とする。フィリア令嬢は一週間、別邸からの出入りを禁止する」

「なっ……どうしてですか!?」


 フィリアは目を見開き、縋るように理由を求める。


 後ろで騎士が剣に手をかけるか迷う動作をしたが、フィリアはそれすら気づかないほど動揺を露わにしていた。


「私が説明をしてもいいでしょうか」


 割り込んできた声に、フィリアは怒りに染まった顔で振り返る。


「ああ」


 アリスティアはわなわなと震えるフィリアに歩み寄る。


「ごめんなさい。フィリア令嬢ならすぐに気づいてくれると思ったんだけど……わからなかったみたいね」


 目を細め、アリスティアは続ける。


「さっきも確認したけれど、フィリア令嬢はダンベルク侯爵の被後見人で、公爵家での立場はお客さまなの。もし、公爵家がお客さまに使用人の仕事をさせている、なんて世間に広まったら……どうなるかわかるかしら?」


 ぽん、と優しくフィリアの肩に手を乗せる。


「そんなことで、って顔ね。そんなことで没落してしまった貴族もいるのよ」


 フィリアは顔を赤くさせてアリスティアを睨むが、背後から感じる冷気にはっと振り返る。今度は顔を青くさせ、深く頭を下げた。


「ご、ごめんなさい。おじさま……っ」


 アイザックは大きなため息をついた。


「あとで侍女たちには、さらに詳しい話を聞く。フィリア令嬢はすぐさま、別邸へ戻りなさい」


 フィリアはもう反論する気が失せたようで、とぼとぼと別邸のほうへと帰っていった。


 侍女たちも仕事の続きをするように命じられ、アリスティアはアイザックとともに本邸へ戻ることになった。


「お父さま」


 アイザックは顔を向けず、視線だけを横に動かす。


「騒ぎを起こして申し訳ありませんでした」

「アリスが謝ることではない。フィリア令嬢も侍女も、教育が足りなかっただけだ」


 ふいと視線を逸らしたアイザックはどこか遠くを見つめているようだった。もしかしたら、弟のことを思い出しているのかもしれない。


 アリスティアはその話題に踏み入れることを躊躇してしまう。


 祖母のシルビアは、アリスティアの記憶ではとても優しく、穏やかな人だった。祖父のハリスはアリスティアが母の腹の中にいるとき、病でなくなってしまったと聞いている。


 心優しい祖母の怒る姿など見たことがなく、絶縁にまで至るほどのことがあったなどとてもではないが信じられない。


「お父さまは……」

「なんだ?」


 優しく細められた瞳に、アリスティアは息を詰まらせる。


「いえ、なんでもありません。ところで、一つだけお願いがあります」

「一つと言わず、いくつでも言ってみなさい」

「今のところ、一つで十分です」


 微笑ましい親子の背中を、騎士は慈しみのこもった目で見つめる。


 そんな優しい目つきを自分たちにも向けてくれたら、なんて考えたところで頭を横に振る。それはそれで、背筋が凍るほど不気味に思えたから。

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