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精霊術師の称号を!  作者: 綾呑
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十話 悪者

 雲一つない晴天。少しばかり風が強く、金色の髪が躍るように舞う。


「あ、アリスティア!」


 よく通る声が響いた。


「フィリア令嬢?」


 本邸の裏庭にフィリアがおり、腕には洗濯桶を抱えていた。ぺこりと頭を下げる侍女たちを背に、アリスティアの前に駆け寄ってくる。


「なんだか、とっても久しぶりな気がする」


 皇城に赴いてきり、姿は確認しても会ってはいなかったため、だいたい一週間ぶりくらいだろうか。


 フィリアは深緑の質素なドレスに身を包んでいた。


「今日はいつも一緒にいる侍女はいないのね」

「ええ。彼女は優秀だから、引く手数多なのよ」


 ところで、とアリスティアは後ろの物干し竿に目をやる。


「ここでなにをしているの?」

「彼女たちの手伝いをしていたのよ。ほら、いつもお世話になっているじゃない? 洗濯なら私にもできると思って、仲間に入れてもらったの」


 フィリアが侍女たちに笑いかける。人手が増え、負担が減った侍女たちもまんざらでもない表情を返していた。


「そうだわ。アリスティアも一緒にやりましょう?」


 にこり、とフィリアは洗濯桶を差し出す。水に濡れた桶は空っぽだが、隅に残った水滴が光を反射し、ゆるりと流れた。


 そわそわと控える侍女たちを一瞥し、とアリスティアは、ふ、口角を上げた。


「それは私の仕事じゃないわ」


 きっぱりと拒絶するアリスティアに侍女たちがぎょっとした顔をする。


「ど、どうして?」


 フィリアはあからさまに動揺し、ふらりとアリスティアとの距離を縮める。


「やってみれば楽しいのよ? たしかに、アリスティアには経験がないかもしれないけど、難しくないわ。ね、そうでしょ?」


 くるりと振り返ったフィリアに侍女たちは戸惑いつつも頷く。


「そういう問題じゃないわ」


 アリスティアは笑顔を消し、視線を鋭くした。侍女たちがびくりと肩を震わせると、フィリアが庇うように間に入る。


「あなたたち、自分がなにをしたかわかっているの?」


 そんなフィリアを無視し、背後にいる侍女たちに声をかけた。顔を見合わせて、アリスティアに叱られている原因を探し始める。


「も、申し訳ありません」

「なにが悪いのか、言ってみてくれるかしら」


 謝罪とともに一歩前に出た侍女は押し黙る。ふるふると体を震わせ、ひたすらに首を垂れだけで。


「アリスティア、なにをそんなに怒ってるの? みんなが怖がってるじゃない」


 侍女たちから見えないのをいいことに、フィリアはにやりと口元を歪めた。アリスティアを悪者に仕立て上げる魂胆だ。


「彼女たちはなにも悪くないわ。私が洗濯の手伝いをしたから? 少しでも役に立ちたいって思うことが、そんなに悪いことかしら?」


 ばち、とアリスティアとフィリアの視線がぶつかる。


 先に目を逸らしたのはアリスティアだ。


「なっ」


 フィリアの横を通り抜け、縮こまることしかできない侍女たちの前に立つ。腕を掴まれるが、アリスティアはそれを振り払う。


「フィリア令嬢は公爵家で、どんな立場かしら?」


 俯いたまま、侍女たちが目配せをする。思考を巡らせ、誰が発言するかを譲り合っている。


「公爵閣下から説明はなかったのかしら。あなたたちはフィリア令嬢が誰かも知らず、世話していると言うの?」


 『お父さま』とは呼ばず、あえて『公爵閣下』と呼称する。


「公爵さまからは、ダンベルク侯爵の被後見人であり公爵家のお客さまであるため、丁重に世話をするように仰せつかっております」


 胸の前で両の手を握り、肩を丸めた侍女が叫ぶように言う。


「アリスティア!」


 ぐい、とフィリアに肩を引かれる。


「どうしてこんな意地悪をするの!? 私が来たせいであなたの立場が悪くなったから? だから私の世話をしてくれる侍女たちに突っかかるのね?」


 呆れを通り越して笑ってしまいそうになる。フィリアはアリスティアを悪者にしようと躍起になり、動作が大きくなっていた。


 精霊術師より、女優を目指したほうがいいのではないかとアリスティアは思う。


「フィリア令嬢。これだけ言っても、まだ理解できないのね。あなたが、あの侍女たちがなにをしでかしているのか」


 顔色を変えないアリスティアにフィリアは一瞬怯み、たじろいだ。


「なにを騒いでいる?」


 突如として割り込んできた静かな声に、全員が顔を向けた。


 金色の髪がそよそよと風に揺れる。丸眼鏡の向こうから覗く理知的な瞳が、少々鋭くなっていた。


 それでいて騎士を連れ、迷いなく歩み寄ってくる姿の堂々たるや。侍女たちは一瞬、惚けるように息を呑む。


「っ……おじさま!」


 フィリアの声に反応し、侍女たちはアイザックに深々と頭を下げた。


「おじさま、聞いてください」


 フィリアは侍女たちにばっと手を向ける。


「彼女たちは悪くないんです。アリスティアが過剰に――」

「僕は」


 アイザックはフィリアの声を遮り、その場にいる全員を見回した。あまりに底冷えした声音に、フィリアはびくりと口を引きつらせる。


「なにを騒いでいるかを聞いたんだが」


 アイザックは後ろに控えていた騎士に耳打ちをした。こくりと頷いた騎士は、腰元の剣をすらりと抜く。


「ひっ」


 侍女たちから悲鳴が漏れるが、気にせず騎士は口を開く。


「閣下のお言葉に、嘘偽りなく証言せよ」


 もし嘘をついたなら。その先になにが待っているかなど、容易に想像ができた。

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