わらしべ石鹸箱
虎治がモンスター退治に出掛けます。
[承前]
セルロイドと言う物があって、自然物由来のプラスチックだ。綿を硝酸で処理し樟脳と共に加熱して作る。化石燃料由来のプラスチックが払拭して数十万年経つであろうこの世界でも使われている。
耐久性に富み加工が容易である反面、熱に弱く、セルロイド製のコップにお湯を注ぐとグンニャリ曲がる。そして極めて良く燃えるため火の側には置けない。
[しょーばいはんじょー]
「マンマーイリチィバ」「エークヮチュランドー」「カタサンミチヤイガー」
石鹸箱を持ち込んだ虎治は姦しい森人の女性達に取り囲まれていた。
「なに言ってるか分かんないや、コアえもーん」
勇者のそれとは違い、虎治のものはイバーラク語しか翻訳できない劣化版ギフトであるらしく、コアに助けを求める。
「概ね好評とだけ言っておきましょう」
さすがにコアにしたところで多人数の同時発言を通訳するのは手に余る。
何人かの女性達が虎治に直接話しかけてきた。
「いくらで売ってくれるかと、訊いていますね。」
物々交換のつもりでいた虎治には値段の用意がない。
「えー、い、い、いくらくらいなんだろ、百万円くらい?」
ぼりすぎだ。
セルロイドと違って手触りの柔らかな使い勝手の良さげなプラスチックの小容器はエルフの女性達の心を掴んだ。
何より図柄が可愛かった。
暫くして丸太気球の鞍手達の携帯食料は、石鹸箱入りが標準となった。少食な森人にとって丁度良い大きさだったのだ。
[ませき]
「んー、むずいよー」
虎治は今、工作用人形の改造に取り組んでいる。
物々交換で針と糸を手に入れたのだが、人形の指では持てなかったのだ。ナイフやヤスリなら十分であった関節二個の三本指では不足で、細い三個関節に四本指にしてみたけれど、接合部に精度が足りないらしくギクシャクと動き針が摘まめない。
コアの言うには、関節が一つ増えると制御は倍難しくなるそうでもある。
「ゴブリンに遣らせたら良いじゃないですか」
ゴブリンはかなり器用だ。ちゃんとした道具を持たせたら本物そっくりの木彫りの角兎だって彫れる。
「えー、ゴブリンてすぐ飽きて居なくなっちゃうじゃん」
「それなら魔石が必要ですね」
特定部位制御用に魔石を組み込む。そう簡単な事ではないのだが、潜在的なスペックでは神樹とそうは変わらないコアなら可能だ。
「どこで拾えるの?モンスター退治とか必要?」
「行く行くは此処でも作れますが、基本モンスター退治ですね、共和国や森人、冒険者から買うと言うのも有ります」
「高くない?」
「今回の交易の相場的には、石鹸箱五百個位で魔石一個です」
「ムリ、いまのDP三十くらいだよね」
「二十八です」
リピドーが繋がったからといっても、DPが増えるとは限らないのか、最近はあまり上がらない。上げるための条件がシビアになっているのかも知れない。回数とか、人数とか。
「モンスター退治推奨」「ひぇ」
コアがこう言った時は逆らわない方が良い事を、虎治は学習している。なにしろ、死に戻り用の祭壇の上には小石が敷き詰められていて、コアはすぐにブレードを出現させるのだ。
[みんなでわたれば]
二十体の人形を引き連れてゴブ村に向かう。偵察用の人員を確保するためだ。
それと、駐留している共和国軍に一言声を掛けておく必要がある。とコアが言っていた。どんな必要かは良く分からないが、コアが必要と言うのだから多分必要なのだろう。
「モンスター退治ですか?」
若い隊長さんはこの前と違って敬語だ。うんうん、俺ってほんとは偉いんだぞ。
「ちょっと待って貰って良いですか、司令に指示仰ぐんで」
待つ間、ゴブリンの村長、略して、ゴブ長を呼びつけ偵察員何名か出すように言いつけた。
「ゴブ皆で行く 怖いない」横断歩道じゃないんだから。
「あんまり大勢だと、モンスターに逃げられるじゃん」
五人だけ寄越すように言った。
[ぎらり]
隊長さんが何人か連れて、小走りで来た。ビシッと並んで敬礼した。すげーかっけー。
「護衛するようにと命令を受けました」
「あんまり多いと…」
「失礼ながら、この森には複数の友好的な関係にある種族が居留しております、しかしながら、ダンジョンマスター殿ではモンスターと区別がつき兼ねるのではないかとの懸念があり、そちらの齟齬の回避も兼ねております」
ゴブリンは臆病で、ちょっと離れたらすぐに帰ってくるのを繰り返した。兵隊さん達は、俺の廻りをびしっと囲んでいるし、なんだか一塊になって歩いているだけのような気がする。
「これだと永遠にモンスター退治できないようね」
「無事これ名馬、何事も起きないのが最善です」
「えー、だって魔石採れないじゃないかー」
「魔石が必要なら司令に言えば…」いくらでも貰えるだろうに、と言う台詞は呑み込む。なにか事情があるのか?
「あ、あー、これ訓練も兼ねてるから」
虎治は石鹸箱五百個が心配で即答した。
少尉から中尉に上がったばかりの駐留軍司令の目がギラリと光る。
ダンジョンは本格的な軍備を始めたのだ。
勿論悪い事ではない。
寧ろ歓迎だ。
ダンジョンが十分な戦力を持つように為れば、
この退屈なゴブリン村からおさらば出来るかもしれない。
中尉は最大限の協力をする事に決めた。