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9.ヤカンの美しさ



 星島先輩は、本当に諦めなかったようで、時々ふらりと現れる。現れるたびに違う箇所に包帯を巻いていたりするのでとてもこわい。


 今日も教室の扉を出た廊下に地縛霊のように立っていた。俺は霊と目を合わせてはいけないと聞いたことがあるのを思い出して、心中念仏を唱えながらそのまま通り過ぎようとした。


 しかし、地縛霊、もとい星島先輩はすれ違いざまにポソリと言葉を発した。その呪いの言葉は。


「……木嶋くん、おっぱい触ります?」


「えっ、いいんすか!」


 ものすごい勢いで振り向いて足を止めた。

 星島先輩は怪しく笑っていた。


「いいんですよ。もっとすごいことも……したいですか?」


「ええっ、したい! したいです」


 手を伸ばしかけたところで、ぴしゃりと言われる。


「私のことちゃんと奴隷にして、この場で裸にひんむいて、思いきり首を締めてくれるなら、えっちなこともなんでもしていいですよ……」


 先輩がうすく微笑んで、俺は背中が寒くなり、身をすくませ手をひっこめた。


 こわい。

 こんな人を奴隷にして、言われるままにいろいろしていたら、俺はきっとそのうち殺人者にされてしまう。

 ちょうどよくおっぱいだけ触って逃げれる気もまったくしない。無理。こわいこわい。


 なんで世の中には都合よく触れるおっぱいがないんだろう。コインを入れたら五分間触れるようなマシンがあればいいのに……。どいつもこいつも、面倒くさい人格がついている。

 そして俺は、おっぱいのついたどの人格とも、仲良くうまくやれる気がしなかった。おっぱいはどのおっぱいも、たいてい気難しい感じがしている。


 そうこうしているうちに、明日河昴が現れた。


「あー! 櫂くん!」


 俺と星島先輩を見るなりぷんすか怒った顔でこちらへ駆け寄ってくる。


「また星島先輩といたの? おっぱいとか、触ってないよね?」


「触ってな……」まで言いかけて、まてよと思う。ここで触ったといえば、また張り合った昴が触らせてくれるかもしれない。


「…………さ、触った」


「どんな感触だった?」


「えっと、こう……とてもやわらかかった!」


「……よかった。触ってないね」


 昴がいい笑顔で頷いた。

 なんでわかったんだ。


「先輩も!『こんな男に安売りしてしまう自分』を楽しむの止めてください!」


 わりと的を射ているとは思うが、ひどい言い草だ……。





 外はぽつぽつ雨が降っていた。

 昴は昇降口を出ると折りたたみ傘を広げて、俺に渡してきた。俺は傘を忘れてきていたので、一緒に入らせてやるが、持つ役はやれということだろう。


 傘を広げると、昴が身を寄せてきた。こちらを見上げて小さく笑う。

 シャンプーの匂いがふわりと鼻先をくすぐった。


 軽い接触はわりとさせてくれる。むしろ向こうからしてくる。手繋ぎとかは特に、頻繁にしてくる。

 広い世の中には女子との手繋ぎで股間を熱くさせる男もいるかもしれないけれど、俺はそこまでの猛者ではない。

 自分の変態性のなさに少しガッカリする。星島先輩や雲井を見てても変態のほうが人生楽しいことが多い気がする。


 あーあ、俺がヤカンのフォルムに興奮することができれば、女なんていらないのに……。


「だいたい、なんでお前はいつも帰りが遅いんだよ」


「私、いろんな部活に勧誘されてて、まだ体験入部が続いてるんだ……」


「あぁ……どれかに入らないのか?」


「どれを本当にやりたいか、わからなくて、いろいろやってみてる」


 高校生バージョンのこいつは運動神経抜群で顔がよくて要領のいいハイパー超人だ。いろんなところに勧誘され、微妙に人数が少ない運動部の試合に駆り出されたり、演劇部で出番の少ない姫の役を引き受けたり、はたまた吹奏楽部で急にマイナー楽器を担当してたりする。

 どれも助っ人状態で正式に入部しているわけではないようだが、十分活動的だ。稀にあるなんにもない日の放課後にもクラスメイトに勉強を教えたりと、常に忙しい。こいつは忙しい合間を縫って、俺の奴隷をなぜかしている。なんでそんなことを、と改めて聞きたくなった。だから横目で見て疑問をそのままぶつけた。


「お前なんで本当に……奴隷なんてしてんの?」


「え、櫂くんといると……楽しいから」


「あぁ……でも楽しいことなんて、ほかにもたくさんあるだろ。ていうか、部活の掛け持ちみたいのも、楽しいからやってるんだろ」


「ううん。それはべつに……楽しくないわけじゃないけど……楽しいからやってるわけじゃない」


 昴は前を向いたまま、かぶりを横にふるふると振った。ばつん、と傘に大きな水滴がぶつかる音がした。


「じゃあなんでやってるんだよ」


「がんばって……やってる」


「なにを?」


「ちょっと……優等生になろうと思って、いろいろ模索中」


 ちょっとなろうと思って実際になれて、高い位置でキープできる能力があるのには感心する。


「なんで……さほど楽しくないのに?」


「んー、みんなそんなものじゃないの? みんな成績は上げたいけど、学校の勉強が楽しいからやってる人って少なくない?」


 言われてみればそうかもしれない。

 人が徳を積んだり、上を目指したり、いい学校や会社を目指すのは楽しいからとは少し違う。楽しさは道中、別途あることもあるが、基本は目指す場所のためだ。だから、普通に考えると、さほど疑問に思うこともないはずのことなんだけれど。


 ただ、俺の知る明日河昴とは似つかわしくなかった。



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