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6.地獄の行き先


 さて、明日河昴と一日、地獄のデートに出かけることになったわけだが、行き先に悩んでいた。

 面倒くさいので全部決めさせるというのも考えたが、どうせなら嫌がる場所に連れまわして、泣きながら奴隷を辞めてもらいたいものだ。そのために本人に相談、もとい探りを入れることにした。


 風呂に入ったあと、髪の毛をタオルで雑にかわかしたあと自室からベランダに出た。置いてある木製の小さな椅子に腰掛けて冷たいコーラの缶をかたわらに置いた。遠くに星が出ている。それをなんとなしに眺めてからスマホを手に取り耳にあてる。


 プルルルル、という電子音がしばらく耳元で鳴っていたが、なかなか出ない。コーラをひとくち飲み込んだ。昴は今なにをやっているんだろう。一瞬だけ想像の姿が頭をよぎった。


「櫂くん? 櫂くん? 私だよ!」


 俺なこともお前なこともスマホの表示で先にわかっている。


「どうしたの? 明日大丈夫? 行ける? 早く寝てね。私はもうちょっと、着てく服決まらなくて、櫂くん水色と薄い緑だとどっちが好き?」


「緑……いや、場所なんだけど……」


「ばしょぉ?」


 昴が阿呆みたいな声を出した。


「場所! 地球の! どこに、行くか!」


「あぁ、行き先かぁ。櫂くん行きたいとこ……命令でもあるの?」


「それなんだよ……遊園地はどうだ」


「わぁ、いいと思う!」


「苦手なもの……ジェットコースターとか、お化け屋敷とかあるか?」


 なるべく苦手なアトラクションに連れまわしてやろうという算段だ。


「私、全部大好き! 絶叫系も得意だしお化け屋敷も好き! 三半規管もすごく強いから、コーヒーカップもめちゃくちゃグルグルできるよ! あ、でも、櫂くんは酔いやすかったよね……」


 ……その通りだった。

 俺は修学旅行や遠足のバス等では酔いゲロの皆勤賞を持つ三半規管軟弱男だった。余計なことを覚えている昴と、すっかり忘れていた自分の両方に腹が立つ。


「……遊園地やめ」


「……そう? いいよ。どこにする?」


「苦手なものは? 魚はどうだ? 水族館とか」


「魚? 観るのも食べるのも大好き!」


「なぁ、苦手なものは……?」


「え?」


「俺は、お前の苦手なものが知りたいんだよ!」


 ガッカリしている俺の気配を察知した昴が口ごもる。


「あ、えーと……ね、私が苦手なのは……」


「うんうん」


「ど、動物園……かな」


 昴は少しためらいがちに嘘を吐き出した。俺知ってる。こいつ動物園大好き。最初に候補から除外してたくらい動物園好き。たぶん今まで出たものの中で一番好き。


「お前、ものすごく好きだったよな……」


「にに、苦手になったんだよう! あと映画も苦手だし、ケーキもパフェもハンバーグもラーメンも餃子も苦手! あと、昔、櫂くんと探検しに行った緑地も苦手だなー。あ、あそこにしない?」


「お前絶対それ全部好きなものだろ! まんじゅうこわいみたいになってきてるだろが!」


 昴は「こわいこわい」と言ってキャッキャと笑った。こいつと話してると本当に脱力する。


 そもそも普通のデートコースで考えていたのが間違いだったのかもしれない。もっとこう、葬儀場とか、ゴミ捨て場とか。そういったデートに適さない場所のほうが向いているかもしれない。


「でも私、櫂くんと一緒ならどこでも楽しいよ!」


 そうか……俺が一緒に行かなければいいのか……。いや、そうじゃない。


「正直にいうと、ミュージカルとか、歌舞伎とか、舞台の類が苦手かな。あとアカデミックなものは理解が追いつかなくて、なんか……眠くなっちゃう」


 そんなの、昨日の今日でセッティングできないし、そもそもそんな文化的なものに誘う頭もなかった。


「なんていうか……庶民的なものは、大抵好き!」


 困った。貧乏臭くて庶民的なものしか浮かばない。

 奴隷を一日引きまわし、困らせるツアープランとかないのかな。


「俺、いったいなにが正解か……わからなくなってきた」


「櫂くんはどんなとこがいいの?」


「地獄のような場所……」


「念のため聞くけど、デートの場所の話だよね……?」


「困った……どんな地獄にすればいいのかわからない」


「私は櫂くんと行けばどこでも楽園だよぉ」


 夏ならもうプールの一択でよかったのに……。


「櫂くんはいったいなにがしたいの? 言ってごらん?」


「お前をなんとかして苦しめて……嫌がらせて困らせ……奴隷を辞めさせたいんだよ……」


「正直すぎるよ櫂くん……」


 なにがしたいのかわからなくなってきた。

 俺は普通にしてれば大抵の女は近寄ってこない男なのに……なんでこいつだけなにをやってもひっついてくるんだ。この図太さに対抗するには、相当悪い男にならねばならない。


「なぁ、悪い男ってどんなだと思う?」


「えっ、私に聞くの? 櫂くんてひねくれてるのか素直なのかわからないな……」


「ほかに誰に聞くんだよ! 俺は歪んでるだけで基本素直だ!」


「うーん、表面的には優しくて、こっちのこと好きみたいにしてるんだけど、実は酷い人で……なんかすごいタイミングで裏切ってくるとか……」


「おお、なるほどー」


 騙して陥れるなんて悪いイケメンの発想はなかった。さすがしゃらくさい美少女優等生。モテるやつはゲスの発想も一味違うなと感心した。そうとわかれば、悪い男のようにやってみよう。


「ちょっと練習してみる」


「え、私本人で?」


「俺は歪んでいるが、基本素直だ」


「は、はぁ……」


「あすか……昴」


「……っ、なに? 櫂くんなに?」


「昴は……声も可愛いね」


「……お、おぉお!?」


 せいいっぱい褒めてみたのに、あまり可愛くない声でうなられた。


「俺、ずっと昴と、どこかに行きたかったんだよ」


「わあ! いい! すごくいい! どこかにってのがちょっとバカっぽいけど、全体としてはいいよ!」


「バカっぽいとか言うな! 人ががんばってるのに……!」


「ごめん! もっとたのむよ!」


「高校でまた会えた時も奇跡かと思ったよ。昴、すごく……ふゴゴッ……綺麗になった」


「櫂くん! そこ、笑ったらだいなしだよ! がんばって……!」


「こんな愛らしい天使がこの世にいるっフゴゴッなん……ふぐッフー……」


 耐えられなくなってゲラゲラ笑った。

 スマホから昴の情けない声が聞こえる。


「櫂くーん……もう少しがんばろうよー」


「俺には向いてないな……」


「キザなのが向いてないだけじゃない? 次はもう少し硬派で押しの強い感じでいこうよ」


「あぁーそういうのもあるな……」


 なんとなく一組にいるゴツめのイケメンをイメージして、憑依させてみる。


「昴……フンッ」


 なりきったら声が低くなり、なぜか鼻息が荒くなった。一組の平賀はそんなやつではなさそうなのに。


「……昴、明日デートするぞ」


「うん、うん、どこ行く?」


「黙って俺についてこい!」


「うん! 行きまーす!」


「……なぁ、これじゃ行くとこ相談できなくないか?」


「え、ねぇねぇ今度は可愛い系やってみて」


 もはや趣旨が変わってきている。ヤケクソで可愛い声をひねりだす。


「昴ちゃん! 僕ね、僕ね……っ、ぐすん、おっぱいー!」


「うわーキモい。却下」


「やだやだぁ! おっぱいだよぉー!」


「櫂くん、冷静に。冷静に自分を見つめて。本当に気色悪くて鳥肌が止まらないから」


「お前がやれって言ったんだろが!!」


「ごめん、ここまでおぞまし……へただとは思わなくて」


「そんなん言うならお前がなんかやってみろよ!」


「ねーねーお兄ちゃん、明日どこ行く? どこでもいいけどさぁ……あたし結構楽しみにしてるんだからねー」


 瞬時に妹で返してきた。そして声のトーンの気安さ、ちょっと面倒そうな雑さ、でもなんだかんだ懐いている感など、声だけで細部の設定が十分に伝わってくる無駄な演技力だ。


「じゃあ次は軽めの先輩」


「やっほー、櫂! 遊びいこーよ! 久しぶりに動物園いかない?」


「ほほう」


「ね、櫂、いいでしょ。暇なんだよー。たまにはあたしと遊ぼうよー」


 近くにいたら肩のあたりをグイグイ触られてるやつだ。そしてそのちょっと掠れたはすっぱな声どっから出してんだ……。


「じゃあ、ツンとした後輩」


「木嶋先輩、明日は動物園に行きませんか。私、そういう場所って、あまり行ったことがないんで……先輩に連れていって欲しいです」


「お、おぉ……」


 さりげにお嬢様キャラまで混ぜてきた。

 そして別人と思えるまでのクールな、それでいて少しツンとしたしゃべり。

 毎回動物園を入れこんでくるのだけは少々気になるが、演技だけは素晴らしい。


「じゃあ次……」


 くだらない話をしているうちに夜は更けていく。


 結局、その晩場所は決まらなかった。


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