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【バレンタインに間に合わず真夏に更新されたバレンタイン番外】二人のビャレンデュアイン



 バレンタインのその日の朝から雲井と辛気臭い顔を突き合わせていた。


「雲井……その顔、やめろよ……」

「俺が一年で一番大嫌いな日なんだからいたしかたないだろう……!」

「そこまで嫌ならお前もう欠席すればよかっただろ」


 呆れていうと、鬼武者みたいな顔でギッと睨まれた。


「お前はいいよな……基本モテなくても美少女のチョコひとり分確保できてるんだから……さぞ……生まれてきてよかったろうなッ!!」


 後半涙の混じる野太い声で怒鳴られてドン引いた。


「お前、チョコごときで生誕の是非を決めるなよ……」

「そうだ。チョコごときで俺の人間性はジャッジできん。これはただの試練にすぎない……。ああ、嫌な日だ。まったくもって嫌な日だ……」


「櫂くーん、おはよー」


 話してるそばから昴が入口扉のところにぴょこんと顔を覗かせた。そちらに行こうとすると、なぜか雲井が苦み走った顔でピッタリついてきた。


「なんでついてくるんだよ……」


「どうせ、ビャレンデュアインチョコレイトを明日河さんにもらうんだろ! 背景に溶け込み、少しでも甘やかな空気をぶち壊してやる……」


「ビャレンデュアイン、どこの国のチョコなんだよ……」


 雲井の顔を見ると完全にあちら側、ビャレンデュアインへ行ってしまっていた。目が血走っている。

 ビャレンデュアイン……いや、バレンタインは人をここまで邪悪で卑しいものに変えてしまうものなんだろうか。


「櫂くん、これ作ってきたの」


 しかし、昴は神経が太いほうなので俺の背景が血走った岩石模様になっていてもまったく気にとめた様子はなかった。

 可愛らしいラッピングの袋を渡される。


「開けてみて!」

「え、今ここで?」

「うん」


 俺の背景に岩石製般若がバレンタイン撲滅の旗を立てて見張っているのに……。


「ヒッ」


 開けてすぐに小さな悲鳴を上げた。


 中にはクッキーが入っていた。

 しかしすべてにチョコレートで描いた顔がついている。顔は目がギョロっとしていて歯がギザギザしている。


「こえぇよ!!」

「それ、櫂くんなんだよ」

「俺はこんな猟奇的じゃねえ!」


「いや、そっくりだろ」


 覗き込んだ雲井が余計なくちをはさむ。


「ドッスンは黙ってろよ!」

「あ、雲井くんもいる?」


 話しながら昴が手に持っていた布の袋から小さめのラッピングを取り出す。


「えっ、えぇーーーッ! いいんですか? いいんですか? いただきます! いただきますよう! 小麦粉のカケラでもいただきますぅー!」


 岩石般若の顔がほわわんとほころんだ。


「櫂くんに作ったやつの残りなんだけど……友達用にも用意してたの」


「待て、もしかして同じデザインか?!」

「そうだよ」

「そんなもん友達に配るのやめろよ」

「やだ! 櫂くんたらヤキモチ?」

「ちげぇーよ!!」


 雲井は話してるそばからクッキーを口に放り込もうとしている。


 俺の顔のクッキーを、雲井が……。

 なんとなく……ものすごく……腹が立つし、気持ち悪い。


「待て! やめろ!」


 雲井がものすごい早さで小袋を胸に抱き、教室の端に逃げた。


「まて! やめろおぉお!」

「いっただっきまーす!!」


 制止はむなしくも間に合わず、雲井が俺の顔のクッキーを口に入れてもしゃもしゃと咀嚼し「うまぁい」とつぶやいた。


 俺はその頭をむしょうにはたきたくなった。


「毒味終わったし、櫂くんも食べて」

「毒味ってどういうことですか!? 明日河さんん!」

「櫂くんが無駄に警戒してるみたいだったから」

「中身には警戒してねーよ!」

「……食べて」

「木嶋早く食え! それっ!」

「ひゃごッ」


 雲井にクッキーを口の中に詰め込まれる。


「おいしい? ねえ美味しい?」


 味はうまい。しかし、なぜ雲井に手ずから食わされなければならないんだ。それだけで美味しさ五割減だ。





 その日の帰りはすぐに昴が迎えにきた。


「櫂くん、誰かからチョコもらった?」


 わざわざ確認しなくても、もらってない……モテもしないのに……恥ずかしいからやめて欲しい。


 帰路をゆっくり歩きながら昴が言う。


「ねえ、わたしの、本気本命のマジのガチチョコクッキーだよ」

「……知ってるよ」

「でも……やっぱり市販のほうがよかったかな?」

「俺はべつになんでもいいよ」

「……む? それは、わたしからなら、なんでも嬉しいということかな?」

「まぁ、そういうことだ……」


 幼馴染みともなると、翻訳機能が発達していて理解が早くて助かる。


 少し歩いて、ふいに隣にあった気配がなくなったので振り返ろうとすると、背中に何者かが力強く抱きついた。


「だーれだ!?」

「この状況でほかのやつだったら恐怖を感じるわ!」

「そうです。わたしです。ねぇ、このまま帰ろうかー」

「嫌だよ! 歩きづらい!」


 振りほどくと、明らかに不満げな顔をしているので「ん」と言って手を伸ばす。


 昴は難しい顔で、俺の差し出した手と俺の顔を交互に確認して思考する。


 やがて「ふむ」と、いい顔で頷き、「譲歩する」と言って手を取った。




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