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彼女にしてもらえないの? じゃあ奴隷になるね!  作者: 村田天
終章【追いかけっこの顛末】
35/37

35.明日河昴について



 俺が明日河昴と会ったのは、もういつだったのか、思い出せないくらい前だ。

 おそらく幼稚園で会ったのだと思う。

 親同士は会えば挨拶はするが、そこまで仲良くはならなかった。


 俺はわりと人見知りするたちで、大勢で遊んでいる輪にすんなり入れるタイプではなかったらしい。

 昴はニヤニヤしながら玩具を片手に突っついて、笑いながら逃げていくお調子者だった。

 気がつくと昴とばかり遊んでいた。

 ひとりっ子だった俺は誰か人と遊ぶ楽しさをそこで初めて知った。


 小学校ではクラスが同じになることも多く、関係は途切れることなく続いた。学校でもいつも一緒にふざけていた。ただ、中学年にもなると、自然帰宅後の遊びが主なものになっていった。

 なんとなく、男は男同士、女は女同士で群れるという風潮が生まれ出して、子どもごころに面倒くせえなと思った覚えはある。


「櫂くん! 私昨日おにぎり十秒で食べたよ! ……ほんとだよ! 嘘じゃないってば〜」


「櫂くん、変な模様のカタツムリいるよ。……あ、葉っぱがついてるだけ? あれ?」


「櫂くん、櫂くんの顔描いた。そっくりすぎる……あっ、なんだよそれー。ぜんぜん似てない! 猿じゃないかー」


「問題でーす! どんは丼でも、お米の入っていない丼はなんでしょう! うどん! え、答え言うの早かった? あはははっ」


 くだらない、会話とも言えないようなことしか思い出せない。ただ、いつも笑っていた。そのころの昴の顔を思い出そうとすると、どの記憶でもくしゃくしゃに笑った顔しか出てこない。


「櫂くん、私お父さんの転勤で、引越すんだ」


 あのときだけは言う前からもう泣いていた。


 手紙を書くような関係じゃない。

 スマホだって持っていなかった。

 だから、もうこのままお別れなんだと思って、俺も泣いた。

 二度と会えないんだと思った。偶然どこかで会えたとしても、毎日当たり前に遊んでいたそれとはもう違う。


 俺と昴はまったく特別じゃない日々をうずたかく積み重ねていた。あとからそれが特別になるなんて思わずに。


 小学校までの同級生。親友。


 べつに、恋愛感情なんてお互い持ってなかった。

 そのまま近くにいたら、やがて距離が空いて疎遠になっていたかもしれない幼馴染み。

 もし同じ中学にいたら、近くに存在するまま自然に離れていって、大人になったころ、昔は仲良くしていたんだよなと懐かしく思うような。


 けれど、そうなる前に離されてしまった。


 だから、あの日別れなければ、そのあと起こった嫌なできごとも全部起こらず、楽しかった日々が続いていたはずだと、俺も昴も夢見てしまっていたのかもしれない。

 

 昴は戻ってきた。そして引き寄せられるように、俺のところに来た。きっと、なにかを取り戻せるんじゃないかという期待と共に。


 昴は、新しい関わりを焦ったように探していた。最初はなんでもよかったのかもしれない。

 昔のやりかたでは、きっとすぐに壊されてしまう。だから奴隷でも、彼女でも。とにかく、新しい関係性をなんとかして作ろうとしていた。


 けれど、あのころはどうしたって、もう戻ってこない。

 そうして生まれたのは過去を引きずった、新しいなにかだった。


 だからたぶんもう、簡単で、難しいそのたったひとつを作るしかなかった。


 遅れてそのことに気がついた俺も、ようやく考え始めていた。探していた。


 昴とはペースもやりかたも違うけれど、作ろうとしていた。


 新しい明日河昴との関係を。


 もう二度となくさないために、慎重に。




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