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彼女にしてもらえないの? じゃあ奴隷になるね!  作者: 村田天
終章【追いかけっこの顛末】
33/37

33.家出



 次の日は文化祭の片付けだけだった。


 昴のことは朝の段階から見かけなかったが、最近はそんな日が多かったのでそこまで気に留めていなかった。


 ホームルームのあと、廊下で昴のクラスの担任が俺に「明日河さんは風邪かな?」と聞いたので、変だなと思った。

 とりあえず「風邪じゃないすか」と返した。連絡をしていないのは妙だと思ったが、来てないならそうなんだろうと思った。文化祭で疲れも溜まっていただろう。


 しかし昨日の今日なので、少し心配になった。けれど拒絶をした俺のほうからスマホで連絡を入れるのも変な感じなので、どうしようかと思って結局帰宅後に家を出て、昴の家付近を覗きにいった。


 中にいるならそこまで心配することもない。

 部屋の位置は知っている。電気がついてりゃ中にいるだろう。それくらいの確認のつもりだった。


 見上げた部屋には電気はついていなかった。

 しかし、昼からずっと眠っていたりすれば、夕方の今、電気がついていないこともあるだろう。


 気にしすぎかもしれない。疲れていたのだから、休んでるのは十分にあり得る理由だ。

 というか、俺の今の行動は完全にストーカーだ。

 なにをやっているんだ、帰ろう、そう思ったとき背中に声がかけられた。


「櫂くん」


 馴染みのあるような声に呼び止められて、昴かと思って振り返るとピンクのモヒカンのお姉さんがいた。声質、めっちゃ似てる。


「櫂くんだよね?」


「そうです」


「うん。ちょっと髪型変わってるから迷ったけど……そうだと思った。久しぶり」


 ちょっとどころでなく髪型が変わってる人に言われた。


「あ、わかんないかな。あたし、昴の姉の……」


「覚えてます」


 ファッションは変わったが、話すときの表情の作りかたはそこまで変わっていないと感じた。

 受験に失敗したということで、もっとやさぐれた感じかと思っていたが、そうでもなく、印象は以前より生き生きしている。今の彼女を見ると、あのころの姿はどこか窮屈にさえ感じる。


「小学校のとき、あんた達いっつも一緒にいたよね。最近も昴と仲良くしてるんだ?」


「……まぁまぁっす」


 曖昧に答えると昴姉はへにゃりと笑った。


「こっち戻ってきても、間空いてるからなかなか昔みたいにはいかないかなぁと思ってたんだけど……よかった。最近はそこまで話はしなくなっちゃったんだけど……昴、中学のときより楽しそうだったから」


「中学のとき……どんな感じでしたか」


「うん、急に勉強しだして、成績も爆上がりしていろんなことに挑戦して、やれるようになっていったけど……あの子、ちょっとイメージが貧弱なところがあるからさぁ」


「イメージが、貧弱?」


「うん、なんていうの? なんでもできる優等生とはこういうもの、みたいな、かったーいイメージ持ってて、それを忠実に演じようとしてんのよ。それがわかるから……見てて辛かった」


 そういうところはある。『付き合ってる彼氏彼女はこういうもの』という固いテンプレイメージを持っているのも追加で入れておきたい。そして彼女の中の『なんでもできる優等生』のイメージはおそらくはもともとはこのお姉さんの姿だろう。


「高校に入って、たまに楽しそうにしてたから……そっかー、櫂くんと遊んでたのかな」


「昴、今家にいますか?」


 そう言うと、昴姉は急に真顔になった。


「あぁ、そうだった……櫂くん、昴知らない?」


「いえ」


「あの子、昨日帰ってないんだよね」


「えっ、そうなんですか」


「まぁ、昨日の夕方に友達の家に行くってメッセージはちゃんとあったんだけど……そこから音沙汰がなくってね。ちょい心配になってたとこ」


「……」


「うーんまぁ、いいや。また連絡してみるから。じゃあね、ありがとう」


 そう言って、目の前に置いてあったゴツいバイクに乗り、やたらうるさい音を響かせて去っていった。あれ大型じゃないか。免許も取ったのか。


 それはともかく、昴が家に帰っていないということがわかってしまった。明日と明後日は振替休日なので、学校に来てることで戻っているかを確認することはできない。


 少し迷ったけれど、電話をかけた。出ないかもしれないという予想に反して、数コールであっさり通話が繋がった。


「あれー、櫂くん? 私だよー。どうしたの?」


 呑気な声に、ひとまず大きな息を吐いた。


「お前今どこにいんの……」


「えっ」


「えっ、じゃねえよ。学校来ないと思ったら、家にも帰ってないらしいじゃねえか」


「あぁ、うん……」


「体の具合は?」


「ちゃんとしたとこ泊まって寝たからすっかり元気だよ。おかげでもうお金なくなっちゃったけど……はは」


「今どこ?」


「えっと……今は山」


「うん?」


「だから山」


「はぁ?!」


「昔櫂くんと行った緑地に行ったんだけど、そこからふらふら適当に移動して……山があったから、ちょっとだけ登った」


「え、山頂?」


「ううん、たぶん真ん中にも行ってない。まだ地面もコンクリだし、細いけど車も通れる道だよ」


「なんでそんなとこに」


「なんか……街のほうに行く気分じゃなかったんだよね。人が少ないところがいいなぁって」


 人が多い街のほうがある意味危険かもしれないので、まだマシだったかもしれない。でも、それはそれで、十分危ない。


「お姉さん心配してたぞ。すぐ帰れ」


「会ったの?」


「うん。連絡はあったけど帰りが遅いって心配してた」


「あぁー、昨日は一切電話出なかったからなぁ。一応メッセージは打ってたのに、お母さんが何度もかけてくるから、おかげで充電が減っちゃって……」


 そこで、唐突にブツンと通話が切れた。

 充電が切れたのかもしれない。


 金がないとか言ってたけど……まさか、交通費は残してあるんだろうか。ちゃんとなにか食べたりはしているんだろうか。


 ものすごく嫌な汗が出てきた。


 そのまま、家に帰らず、駅に向かった。


 緑地の方面の電車に乗った。昴の言う、「フラフラ移動した」というのが電車なのか徒歩なのかわからなかったが、地図で緑地から行ける範囲の山を探すと、だいたい絞られた。

 さらにコンクリートが敷かれてる登山道。あとは勘。昴が感覚で選びそうな道を、俺はなんとなく知っている。


 電車の扉が開くと、どしゃどしゃとした音に包まれる。

 最悪なタイミングで、外は激しい雨が降っていた。

 傘は持っていない。昴は持っているのだろうか。


 コンビニに入って、財布を開ける。持ち合わせは乏しい。念のために二人分の交通費を残すため、傘を買わずに懐中電灯をひとつだけ買った。


 雨は弱まったり強まったりを短時間に繰り返していて、たぶんここ、とあたりをつけていた登山道に行き着いたときにはびしょ濡れだった。


 普通に考れば、雨が降り出した時点で屋根のある場所に移動しているだろう。あるいはもう家に帰っている最中かもしれない。


 だけど、なぜだかそう思えなかった。昴はたぶん、まだここにいる。きっと、帰るタイミングを探しながらも、動けずにいる。帰り道は知っているのに、帰れなくなっている。


 山に入った。




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