3.奴隷とランチタイム
昼休み。中庭芝生。
俺の目の前には弁当箱がいくつもあった。
「……ほんとに作ってきたのかよ」
ある日なぜか幼馴染みが奴隷になった。
腹が立つ幼馴染み。縁を切りたい幼馴染みだ。俺は、なんとかこの面倒な関係を止めるため、いやがらせの命令を発動させることにした。
はずみでこちらから言ったことでもあるし、クビを言い渡しても辞めようとしないのでなんとか向こうから逃げるように仕向けたい。
しかし、性的なものは既にNGが出てる。
なにかしてもどうせチケットで撃退されるだろう。残りのチケット分四十九回を越えるおっぱい要求をしてみたらどうだろうかとも一瞬考えたが、俺も変質者ではないから無理に触ろうとは思わない。こいつ相手にそこまで必死におっぱいにこだわると俺のほうの人間の尊厳が削れる気がする。
考えたあげく、俺の昼飯を用意しろと言った。適当な命令だが、俺なら嫌だ。自分の昼飯を用意するのもかったるいのに、絶対に嫌だ。
そう思って昨夜九時頃に突然メッセージアプリにて横暴な命令をしたのだ。
昴からの返事は『わかった! 早起きして作るね。おやすみなさーい(なんかよくわからないパンダのスタンプ)』だった。
そしてやたらと豪華で可愛い弁当を出された昼休み、現在。
唐揚げ、海老フライ、玉子焼き、とボリューム感を維持しつつ、ミニトマトやアスパラなどの野菜も配置し目にも鮮やかな……見るからに気合が入った弁当だった。なにしろ、おせちなのかといった具合に箱がたくさんある。
ちょこんと並ぶ小さなおにぎりにはカットした海苔で顔が描いてあって、おでこの部分に一文字ずつ文字が配置され『ドレイ』と書いてある、見るも見事な愛奴隷弁当だった。
でも米のスペースには普通食べる人間の名称が書いてあることが多いので、これだと俺が奴隷みたいだと思った。
「早起きして作ったんだよー! 早く食べて食べて!」
横目でにらんで深いため息を吐いた。
しかし、なにはともあれこれは俺の昼飯だ。
腹が減っているのだから食うしかない。しかたがないのだ。
可愛いクマが先端にあしらわれた、プラスチックの串がついている唐揚げを口に入れる。
昴が顔を寄せてまじまじ覗き込んでくる。
「おいし?」
その目つき……。この唐揚げ、まさか冷凍食品じゃないのかよ……。うまいよ……うまいけど。
「ねえ、おいしい?」
黙って卵焼きを口に入れる。
「おいしい? ねえ、櫂くん、おいしいのか?」
昴の感想要求が力強くなり、襟首を掴まれて揺すられる。しつこいので黙ってウンウン頷いた。
「わー! よかったあー!」
昴が満面の笑みで両手を合わせる。
「これくらい、いつでも作ってあげるからね」
そして顔を覗き込んでくる。
「私を奴隷にしてたら、いつでも作ってあげるよ!」
すごい。ハイパー奴隷アピールしてくる。
そんなに奴隷やりたいのかよ。
「櫂くん! ねえ櫂くん!」
「う、うるさいな! 今食ってるから!」
「昨日の夜、唐揚げ仕込んでから、私の手が、まだにんにくの匂い……」
「うん」
「かいでみて」
「本当だ……」
なんだこの小学生みたいなやりとりは。
眼前ににんにくくさい手をしつこくひらひら寄せてくるので、払いながら食べる。
正直おいしい。こんなの、毎日でも食いたい。入っているもの全部、たとえばたんなる剥き出しのアスパラに見えるものでさえも、塩と謎のスパイスで味がつけられていて、その塩梅がとてもうまいのだ。玉子焼きは綺麗な色に焼かれていて、砂糖と出汁の味がする。
でもおかしい。納得いかない。昔は俺同様、本当になんにもできないやつだったのに……一緒にカップラーメン作って、あげくそれすらふざけて失敗してたのに……料理までうまくなってるとか、どこで中身入れ替わったんだよ。誰だよこいつ。本当腹立つ。
「お前ほんと変わったなー」
「そうかな? 櫂くんだって……」
「俺はもともと真面目な落ちこぼれがふざけた落ちこぼれになっただけだよ。お前は優等生になったんだから、落ちこぼれの奴隷なんてしてないで……彼氏でも作れよ」
彼女はきょとんとした顔で固まったあと、弁当箱のミニトマトをつまんで口にいれた。
「おい、それ……俺の……!」
「ミニトマト一個くらいいいでしょ」
「駄目だって! 俺の……!」
弁当箱を身に引き寄せ、急いで食べる。
隣では呆れた目つきの昴がトマトをもぐもぐ咀嚼して、ごくんと飲み込む。
「あのね……私、彼氏いらない。……櫂くんの奴隷がいい」
「う、うわー変態……」
「櫂くん引く資格ないのに堂々と引くよね……感心するなあ」
「いや、引くだろ」
かたわらでニコニコしている昴を見ていたら少し気になった。
「明日河、腹減ってないのか?」
「うーん、朝、味見しすぎてまだお腹減ってないんだよね……」
「あとで腹減っても知らないからな」
「減るかなぁ」
頬杖をついて隣に座る奴隷はどこかぼんやりしている。
「……一個くらい食えよ」
もとは昴の弁当といえなくもない。やたらと小さなおにぎりをひとつつまんで渡そうと手を伸ばす。
「ひっ」
昴はその手のおにぎりに、犬の様にぱくりと食いついた。今の「ひっ」はそれに驚いた俺の悲鳴である。
昴は頬を膨らませながらえへへと笑って咀嚼した。
「櫂くん、ありがとうね」
「なにが」
「久しぶりに……朝起きるのが楽しみだった」
「ゲフォゴフォ」
普段どんな絶望的な暮らしをしているんだと思うような重いコメントに喉のものをつまらせかける。即座に奴隷が背中をさすり、水筒を差し出してくる。温かいほうじ茶すらシャクにさわるほどにうまい。
「今日は櫂くんとお昼食べれると思ったら、うれしくて、なかなか眠れなかったんだよね……」
「ふ、ふうん……」
「あれ、櫂くん照れてる?」
「照れてねえし!」
「櫂くん本当に美味しそうにぱくぱく食べてくれるから、作った甲斐があるなあ」
そう言われて思いきりまずそうな顔をしてみせたら、昴が盛大に吹き出した。
「ふくくくくっ、櫂くん……顔……すっごい面白いね! 顔……! すっごいブス!」
意図が伝わらず、顔面を激しくディスられただけにおわる。
「しつっこいなぁ。笑いすぎだろ!」
「櫂くんやっぱ変わってないね……顔も」
「この流れで言うの失礼すぎだろ!」
「デザート食べる?」
「食べる」
ぱかりと開けられた小型のタッパーにはウサギのリンゴと種なしぶどうが入っていた。黙ってひとつ摘んで口に含む。昴がさっと手のひらを俺の鼻面に近づける。
「ほら、にんにくの匂い!」
「もうそれはいいって!」
そしてこの感じだけが、昔と似ていて、本当に腹立つ。