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27.格差とカフェ


 下校時、下駄箱のところで昴が慌てた声を出した。


「私、忘れ物しちゃった。すぐ取ってくるから櫂くん先に出てて」


「わかった」と言って下駄箱を出た。


 出たところの端に上級生、たぶん三年生が立っていた。やたらと背がでかくて、細長い。そしてそこはかとなく柄が悪い。顔立ちとかではなく、雰囲気が鬱屈を抱えている。たぶん浮いてるやつだろう。


 そいつはぼんやりしていたが、俺に気づくとニヤニヤしながら寄ってきた。


「お前、一年の木嶋だろ」


「……」


「お前、なんの取り柄もないのに目立つ幼馴染みにまとわりついてチヤホヤされてんだろ」


「……お前誰だよ」


 三年生はニヤニヤ笑いをひっこめた。

 そして、続けてなにか言おうか考えているような小さな間があった。


 そこへ雲井がドタドタ駆けてきた。


「おーい木嶋! 木嶋! 俺も帰るとこだから一緒に帰るぞ!」


 三年生は雲井を数秒見て、「ふん」と鼻を鳴らしてどこかへ行ってしまった。


「なんだあれ? 誰だ? 知り合いか?」


「俺が悪目立ちしてて気に入らないから目についたついでにちょっと虐めてやろうとした上級生。自分よりでかいお前が来たからやめたんだろ……」


「おおお、なんだそれ剣呑だな」


「中学のときもああいうのはたまにいたけど。ずっとイライラしてて、隙あらば虐めやすいやつときっかけを探してるんだよ……」


「あぁ……俺の周りにもいたかもしれん」


「……お前くらい体がでかいと変態でもあまり絡まれないだろ」


「変態は余計だが、絡まれないな」


 そこへ昴が戻ってきた。立ち止まって若干しんみりしている俺と雲井を見てきょろきょろした。


「あれ、二人ともどうしたの? なにかあった?」


「木嶋が上級生に絡まれてました!」


「余計なことを……」


「えぇっ、なに言われたの?」


「うーん、なにを言われたわけでもないけど、目立つ幼馴染みのおかげで目立ってるのが気に入らないから自重しろみたいなやつかな」


「もしかして……私のせい? 女子を奴隷にしてるとか、噂だけ聞いて……」


「いやいやコイツの頭が金でアホだからいけないのです! 明日河さんはなにも悪くありません!」


「まぁそうだな」


「……」


 そうは言ったが、昴のほうが若干怯えてしょんぼりしてしまった。


「女子はそういうのねえの?」


「前、三年の目立つ先輩に言い寄られてるときに、上級生女子にすれ違いざまにブスとか言われるのはあったけど……」


「なッ……フンヌッ!」


 雲井が怒りの合いの手を入れた。

 今まで黙っていただけで、そういう手合いはいないわけではなかったらしい。


「でも、櫂くんといるようになってからはないかな」


 それはそうだろう。俺といたところで誰も妬みもやっかみもしない。むしろモテ男争奪戦の熾烈しれつな争いの倍率が下がってみんなニコニコしてるだろう。


「でもほら、女子は陰湿なのはあっても、直接的な暴力とかにはなかなかいかないから……心配だなぁ」


「三年は来年には卒業するし、今の二年は比較的穏やかな雰囲気だし、大丈夫だろ」


 あの先輩も、イライラを持て余していたたけで、俺に執着するほどの興味も持ってなさそうだった。孤立してそうだから複数で絡んでくることもないだろう。


 ただ、言われた言葉そのものにはひっかかりを覚えた。


『お前、なんの取り柄もないのに目立つ幼馴染みにまとわりついてチヤホヤされてんだろ』


 俺はおそらく昴の影響で市民権を少し獲得した。似たことは雲井も言っていたから的を射た言葉なんだろう。べつに俺自身が認められたわけではまったくない。


 昔は一緒にアホをやっていた。

 俺と昴の能力に多少差があったとしても、それをどうこう言うやつはいなかった。

 今はただ一緒にいるだけでも無意識に釣り合いを観察される。

 高校を卒業したとして、今度は行った大学、就職先、収入、いろんな部分で周囲は格付けをして、それが釣り合っているかをジャッジしようとしてくるだろう。そういう視線や声はきっと今よりどんどん大きくなっていく。


 そして、今の昴を見ていると、このままだとその差はどんどん広がる一方で、埋まりはしないだろうとも。


 昴は気にしないかもしれない。でも、周囲は、俺自身はどうだろう。楽さを求めてそこを離れないと言えるだろうか。


 大人になった男女がただ一緒にいるということは案外と面倒が多く、難しいんだろう。親を見ていても、それは感じる。





 駅前で雲井と別れた。


「櫂くん、今日は少し早いから、どこか寄って行こうよ」


「いいけど、どこの公園?」


「高校生は公園には寄りません!」


「いや、寄ることもあるだろ……」


「公園しか出ないとか、モテないよ! これからカフェに行きます!」


「カフェ〜?」


「友達に教えてもらったの! カップルで行くといい感じって! カップルに人気だって!」


「カップルぅ〜?」


「いいじゃないか! 深い意味はないよ」


「どうせ無駄に高いんだろ……。俺そういうのアホらしいから行きたくない」


「行くの!」


 昴に強引に連れていかれたカフェは、聞いて最初に想像した通り、やたらと子どもっぽいハート乱舞のチープな内装と、甘味マシマシのお高いメニューがてんこ盛りで、三秒で出たくなった。

 カップルに人気というよりは、カップル客を狙ってそういうセールスイメージを作っているような店に思えた。流れてる歌さえいけすかない。

 俺は夏休みに行ったような簡素なほうが好きだ。


 席について、昴の顔を観察する。

 昴はやたらとお高いオレンジジュースを前に少し戸惑った顔をしている。


「昴、お前ほんとはピンときてないだろ」


「えっ、な、なにが?」


「ここ、そんなに素敵と思ってないだろ」


 昴は三秒ほど笑顔で黙っていたが、やがて、こくりとうなずいた。


「出よう。俺らは公園でコーラ飲んでるのがお似合いなんだよ」


「う、うん」


 頼んだものをさっさと飲んで、素早く出た。

 なんとも居心地悪い。


「櫂くん、なんでわかったの?」


「それくらいわかる」


 明日河昴は本質的にふざけたやつだし、子どものころは男の子になりたかったタイプだ。

 そもそもこういう店が好きなやつは、俺のことを好きにならない。以前昴に声をかけていた薔薇タイツ先輩あたりが喜び勇んで連れていきたがる感じの店だった。それがなくても、顔を見てればだいたいわかる。


 公園で、自販機で買った紅茶を飲んだ。


「はー……落ち着くー」


「お前……俺以外の男と付き合っても疲れるかもなー……」


「えっ、なにそれ口説いてるの?」


「正直な感想だよ。相手の望む可愛い女の子を演じて疲れそう」


「うーん……そうだと思う」


「そのくせ、好奇心だけは旺盛で、最初から合わないと思うようなものでもちょっと試してみないと気が済まないところが面倒くさい」


 昴は考えるような顔で黙って聞いていたが、おもむろに口を開いた。


「私、けっこうモテるんだけど……」


「急になんだよ! 自慢か?! 自慢なのか?」


「櫂くんて、私のこと好きって言ってくれた人たちよりずっと、私のことよく見てるね……」


「幼馴染みだからな」


「昔から知ってることはあるだろうけど。高校生になってからの私のことも……よく見てるなーと思って……」


「……」


「まぁ、その、私のこと好きって言ってくれた人たちとはそんなに話してないから、当たり前かなぁ」


「……そうだよ」


 昴はふふっと笑って隣り合った手を繋いできた。


「カフェ、楽しかったよ」


「マジかよ……」


「櫂くんのあの顔……空間から浮いててすごく……面白かった」


「そうかよ!」


「なんだかんだついてきてくれてありがと」


 昴は今度はへへへと笑って、立ち上がった。


「よし、帰ろ」


 夏が終わり、夜の気温が急激に落ちてきた。

 さっさと帰ろうと歩き出す。


「あれ、櫂くんち、あっちだけど」


「先にお前んち行くんだよ」


「……ありがとう」


 風が吹いて、昴が身を寄せた。あまり合わない店に行ったはずの昴の機嫌はなぜか良い。




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