25.彼女か、奴隷か
二学期になって少し経っていたが、俺は気がつくと以前ほど周囲に忌避されなくなっていた。
人はなんだかわからないものを排除しようとする。人語を解さないモンスターだと思っていたやつが人間と話している姿を見ると、あれ、案外普通の人だと安心するのだろう。なんとなく、周りが俺に慣れてきた。一部の女子、おもにギャル系の明るいタイプにはよく話しかけられるようになった。
「くそぅ……櫂くんの顔は癖あるけど、好きな人は好きなんだよなぁ……」
それは明日河昴には好ましくないことらしい。舌打ちしながら言う。優等生とは、と考えたくなる、苛立った戦士のような渋い顔をしていた。でもこの顔をしている昴になにか言うと危ないのは知ってるので黙っている。
「櫂くん、もう帰ろう。私、用事さっとすませて鞄持ってくるね」
不機嫌そうな昴が消えて、教室に残っていた女子が何人か、出ていく際に俺に「木嶋くんばいばーい」と手を振ってくれた。
雲井が俺の顔を見つめて、理解不能、といった顔をした。
「なぁ、雲井、今の三人のうち二人くらいは俺のこと……好きなんじゃなかろうか……だって挨拶してきたぞ」
「教えてやる木嶋。それは立派な妄想だ」
「でも、多少好感はあるんじゃないか? もしかして俺のよさに人類がやっと追いついてきたんじゃないか」
雲井がしかめた面で強そうな鼻息をフンスーと吐いた。
「勘違いするな木嶋。女子ってのは、格好いいやつでも、素敵なやつでもなく、モテる男が好きなんだ。だから明日河さんにモテてるお前もなぜかほんの少しモテポイント、通称モテポが上がった。それだけだ」
つまり、雲井によると、すべて明日河昴のネームバリューの巻き添えで女子人気が微弱に高まっているということのようだ。
昴はその状況が嫌なようで、ことさら仲のよさを強調しようとするが、それが逆効果になっている。
「なぁ、お前はいつまで明日河さんと奴隷ごっこやってるんだ」
「え、特に考えてなかったけど……」
「おお……信じられんな」
「そうか?」
「お前は彼女とか欲しくないのか?」
「いや、俺奴隷いるしいいかなぁ」
「明日河さんと付き合わないのかってことだよ!」
「え、彼女って、昴? アレと付き合わないのかってこと?」
「そうだよ! ほかにお前と付き合いたい奇特なやつなんていないだろ!」
「いるだろ!」
怒って反論すると、雲井は一瞬ギリギリと歯を剥いたが、その後なぜかとりなすようになだめはじめた。
「……いや、単純に、お前はもともと奴隷が欲しかったわけじゃないだろ」
「そりゃ、まぁ……」
「じゃあ彼女と奴隷、どっちが欲しい。さぁ木嶋、どっちを選ぶ」
彼女か、奴隷。
そんなの、決まってるだろ。
「……………………奴隷」
雲井は目を見開いて五秒間ほど黙ったあと、叫んだ。
「なぜお前はそこでそうなるんだー!」
「……あー」
「お前がそこで胸を張って『彼女』と言えるようなやつじゃないからこじれてるんじゃないのか? そこわからんのか?」
「うるせえ! 俺はあいつとは付き合わん!」
「お前、モテないくせになんでそこだけ無駄にかたくななんだよ! あんな子に言い寄られるなんて今後のお前の人生でもうないんだぞ! 細かいことなんて全部忘れて試しに付き合えよ!」
「えー……いいって」
「はっきり言うぞ! お前は感覚が普通じゃない!」
「その言葉、お前にだけは言われたくねーよ! ド変態野郎!」
「俺は変態でも恋愛はきちんと己の変態性とはべつの場所に置いてるぞ! お前はモテないくせに己の異常さに気づいてないからおかしいバカだ」
「この……さっきから聞いてりゃお前がモテないのだって初めて会って一目見た時からわかってんだぞ!」
「ぬ……お、俺はあえてモテようとしてないだけだ!」
「ぶはは! さみしい言い訳しがって。変態岩石と付き合いたいやつなんてこの世のどこにもいねえんだよ!」
「お、おい……それは言い過ぎだろ! いる! 絶対どこかにはいるはずなんだ!」
「はっはー。地球の裏側まで探しに行ってみろよ。お前に似合いの潰れたカエル一匹くらいはいるかもしんねえぜー!」
「ぐぬおお! 木嶋のくせに……妙にアメリカンな感じにバカにしくさって……! お前こそ地面にめりこんで蟻とでも婚姻しろ!」
いよいよムカついて顔を近づける。
雲井も負けじとギリギリと睨み返してくる。
「くっそ……俺が女なら……あなたみたいなお団子岩系男子には指一本触れさせたくねえですわー!!」
「ぐっ……俺が女でもあなたみたいなうんこ味のカレー色の頭の男、視線ひとつ送られたくないですわよぉ……!」
「櫂くーん、お待たせー。帰ろー」
モテない男ふたりの見苦しい貶め合いは扉の開く音で終了となった。
「雲井くん、どうだった?」
「駄目です。コイツは大馬鹿者です。人の忠告を受け入れる土壌がありません。まず脳の開墾が必要です」
「なんだそれ……お前らなに話してんの」
「あのね、雲井くんに私の恋の協力を頼んでみたの!」
「お前それは激しく逆効果だよ!」
雲井からまわりくどく工作しようとも無駄だ。こいつはだいたいの北風と太陽の絵本なら北風に顔が似ているし。俺が雲井ごときにほだされるわけがない。昴本人の話より聞かない自信がある。
「雲井はそんなことして、なんの得があんだよ」
「じ、女子に話しかけられたらそれだけで……うれしいじゃないかぁ!!」
そ、そうか……それはちょっとわかる。




