22.猛攻宣言
夏休みが明けて、学校が始まった。
この時期のクラスメイトはいつもどこか懐かしく、それでいて少し変わったようにも見える。みんな自分の知らないそれぞれの夏を経験してきたからだろう。
夏を越えて俺も少し変わった。
昴に対して最初に抱いたような反感はなくなり、この状況になんとなくなじみ始めていた。
ハイパー美少女優等生となった昴といることで、しかも奴隷になんてしていることで、恥知らずの金髪野郎と陰口されることは稀にある。だいたいそれを言うのは真面目で善良そうに見えるやつらなので、たぶん彼等の正義感からなんだろう。
でもまぁよく考えたら俺は昴といなくても恥知らずの金髪野郎だからそこは問題ない。
昔とは少し違う昴の隣にいることに、居心地のよさも感じ始めていた。
きっと新しくできた女友達がいたとしても、こうはならないし、万が一彼女ができたとしても違うだろう。しばらくは新しく構築したこの関係でいるのもいいかなと思っていた。
「あ、木嶋くん……久しぶりです……」
始業式が終わり、教室に戻る途中、久しぶりに星島先輩と顔を合わせた。
「あれ、今日はまた包帯多いっすね」
「へへ……夏休み中はりきり過ぎてしまいまして……ちょっと入院したりしてました……はぁ……いい夏でした……」
「そ、そうすか……」
すごくいい笑顔で猟奇的な夏の思い出を語られた。星島先輩はよくも悪くも変わっていなかった。ひたすらマイペース。すぐ自傷して弱そうにしてるようで、たぶんものすごく強い。変わらない自我を確立している。
教室に戻ると、まったく変わらぬ風態の雲井が窓際でたそがれていた。
「木嶋……俺の夏の思い出を聞いてくれ」
「え、なんかあったんか」
「あぁ……俺に彼女が……」
「彼女が!?」
「できなかった……!」
安心してほっと息を吐いた。
「なにもなかったんだな……」
「人によっては学校外のほうが彼女ができやすいという話を聞いて……選んだバイトがいけなかったんだ……。女性が多いと聞いて行ったらたしかにその通りだったが、既婚者しかおらず……唯一の独身最年少は五十代の方だった……」
「なんかわからんけどお疲れ」
「木嶋はバイトとかしたか?」
「短期バイトは何回か行ったけど……長いのはしてねえな」
「女はいたか?」
「歳が近そうなのも何人かいたけど、俺は特に話してない」
「なんでだ!」
「お前は! ひょいひょい話しかけられるのか! 知らん学校の! 女子生徒に!」
「ヌゥ……できないな。せいぜいじっとじっと見つめて網膜に焼き付けるくらいだな」
「そうだろそうだろ。だいたい、それができるようなやつは学校内で彼女作れるしな」
「というか、お前は明日河さんがいるからいいじゃないか! どうなんだ! あのあと付き合ったりしたのか?!」
「付き合ってない」
「よし! ああ、バカでよかったー」
雲井が安心したようにため息を吐いた。
しかしそのあとやはり納得がいかないように頭を抱えて叫び出す。
「おお! 神よ! どうして俺には無条件に俺を好きになってくれる美少女の幼馴染みがいないのだ! なぜそんなものをこんなバカに与えたもうたのか!」
窓枠に手をついて震え出した雲井を放って、ふと見ると昴が入口の扉のところに来ていた。
残りの夏休みをどうすごしたのかわからないが、えらくいさましい顔をしている。
「櫂くん、終わったら校舎裏で待ち合わせしよう。話がある」
「いや、待ち合わせる必要あるのかよ。今、ちゃっちゃと用件を言うか、一緒に行けばいいだろ」
「バカ者! これは様式美だから!」
「は、はい」
なにやら燃えているところに水をさそうとすると、ガソリンをくべることになりそうなのでそのまま頷いた。
ホームルームも終わって帰宅前、しかたないので校舎裏に行った。昴は呼び出したくせにまだいなかった。この付近は土だし植木があるので蚊が多く、好ましくない場所だ。一刻も早く、こんなところから去りたい。
案の定すぐに蚊が寄ってきた。
こいつら一族は最近人類に「殺してやる」と思われたことのあるランキング一位だろう。
三分くらいそこで蚊と格闘しながら待っただろうか。ぜんぜん仕留められず、何箇所も刺されていく。腹立たしい。
そこに前方からやはりいさましい顔つきの昴がやってきた。
なんでそんな覚悟を決めたような顔をしているんだ。この顔つきはたぶん木刀とか持ってる。果し合いだ。
昴は目の前まできて突然パァン! と両手を打ち合わせた。
「ひっ」
びっくりしてのけぞり声を上げる。昴の手には蚊の死骸がついていた。一発で仕留め、ぱん、と手を打ち鳴らし、それを落とした。なんだこの仕事人は。昔から虫には優しいが蚊にだけは容赦がない。
昴は流れるような動きでさらに二匹、ぱしん、ぱしん、と仕留めた。蚊殺しの舞だ。これは一家に一台欲しいかもしれない。
周りに蚊がいなくなったことを確認した昴はこほんと咳払いをした。
「お待たせしたわね。櫂くん」
いまさらそんな、美少女ですけど、みたいな気取ったしゃべりかたをしても先程の蚊殺しの舞はなくならない。
「はぁ。なんの用だ」
「話があって」
「真面目な?」
「すっごく真面目だよ!」
「あー……うん……」
頷きつつも、とても嫌な予感がした。こいつがこんなにはりきってるの、絶対ろくな用件じゃない。
昴が再びいさましい顔をして言い放つ。
「そろそろ奴隷から彼女へのステップアップを要求する!」
「はい?」
「ステップアップ」
「どんなステップだよそれ! 聞いたことねえわ!」
「えっ、ほら、みんな段階を踏んで付き合うわけだし……私達もそろそろ」
「一般のその段階に奴隷は入ってないんだよ! ラーメン屋のメニューにケーキ入ってるぐらい異色なんだよ!」
「ケーキがあったって、いいじゃないかー!」
「駄目!」
「櫂くん! 奴隷は廃止! 時代と激しく合ってないよ!」
「説得のしかたがズレてんだよ! そもそもぜんっぜん奴隷じゃなかったくせに!」
「後悔させないよ! それに櫂くんに近寄る虫はみんな仕留めてみせるよ!」
「なぁそれ……ガチ虫のこと言ってるか!?」
「虫も人も……容赦はしない」
「こわいわ!」
「駄目?」
「とりあえず駄目……なんかおかしい。お前おかしい」
「諦めないぞ! 彼女になっちまえばこっちのもんだ! あの手この手で承諾させてやるから!」
「だからその力技でなんとかしちまえみたいのがあかんての……変えるべきは肩書きじゃなく気持ちだろ! こういうのには人間のやわらかな意思が介在すんの!」
「じゃあ真綿で締めるように……追い詰める」
「だからなんかおかしいんだって!」
その日から幼馴染みのややズレた猛攻が始まった。




