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10.チケット紛失事件



 放課後、俺の教室に来た昴が自分の鞄を覗き込んで「あれ?」とすっとんきょうな声をあげた。


「鞄の中に入れてた、チケットがない!」


「チケットってなんの……?」


 そこまで言って、昴のどことなく後ろめたい表情で察する。


「まさか……」


「う、うん……櫂くんの……なんでもお願いきくチケット」


「バカ! バカ! だいたいなんでそんなもんいつまでも持ち歩いてんだよ!」


「だって、私のお守りなんだもん〜。それに、持ってないと櫂くんがいつスケベなこと言い出すかわからないし……」


「その理由は前半だけにしておけよ!」


「あぁ、どうしようどうしよう!」


「あんなもんが……人手に渡ったら……」


 ちょっと想像してみる。

 チケットには木嶋櫂の署名がしてある。

 すなわち、俺、木嶋櫂がなんでもお願いをきくチケットであることは、一目瞭然だ。

 まさか拾ったやつが本気であんなもんを使おうと思うとは考えにくいが、万が一変なやつの手に渡って妙な因縁をつけられたら面倒だ。


 昴と顔を見合わせる。


「櫂くん探そう!」


「おう! どこでなくした!」


「えっと、えっと、今日は吹奏楽部の練習に参加して、音楽室で鞄開けて、中身出したから……そのときかも!」


「なんだ。じゃあ喜多島きたじま先生あたりが持ってんのかな……」


 音楽の喜多島先生は比較的若くて、おっぱいが大きい先生だ。それ以外の印象はない。


「た、大変! あんないんらんそうな先生に見つかったら! 櫂くんが奴隷にされちゃう!」


「い、いや、そんな先生じゃないだろ……」


「ううん、きっとドいんらんだよ! 目の形が色っぽくていやらしいし、ピアノが上手いから亀甲縛りくらいできるし……ど、どうしよう……もう心配で先生が変態にしか思えなく……」


「落ち着け! そして全国のピアノが上手いやつに謝れ!」


 音楽室には喜多島先生がいた。


「あなた達、なにドタドタしてるの? あら明日河さん、帰ったんじゃなかったの?」


「先生、ここに私の忘れものありませんでしたか? プラスチックのケースで、中にメモ帳が入ってるんですけど」


「あー、あれ? あったけど……たしか誰かが持っていったわよ」


「だ、誰かが……」


 あんなもんを捨てるではなく、あえて拾って持っていったとか、軽い恐怖を感じる。


「その人誰ですか!」


「うーん、鈴木さんだったかなぁ……」


 鈴木杏梨さんは三年生らしい。吹奏楽部なので、昴とは面識がある。


「明日河、知ってるんだろ。どんな人だ」


「びび美人! すごくいい人で、すらっとした美人だよおぉ!」


「よかった」


「よくないよ! 美人は非処女で変態と相場が決まっているんだよ!」


「いい人の情報どこいったんだよ!」


「うわぁん! いい人と変態は関係ないんだよぉ!」


「なんであんなもん拾ったのかな……」


「あぁああ、鈴木先輩に、櫂くんが……たいへんな目に……! 脱がされてブラジャーさせられて下は丸出しで黒板にはりつけられて……! わあぁあ! やだやだぁ!」


「落ち着け! 鈴木先輩はそんなことしてもなんの得もない!」


 幸い鈴木先輩はまだ帰ってなかった。教室を訪ねると普通にいた。昴の言った通り、すらっとしたいい人そうな美人だった。


「え、あのケース? 明日河ちゃんのだったの? 人に渡したよ」


「なんで……!」


「開けたら一応名前が入ってたから、最初は届けようと思ってたんだけど……途中で一年がいたから、ちょうどいいなと思って、そっちに頼んで渡したよ」


 なんてことを!


「だ、誰に渡しましたか!」


「女子だけど……名前まではちょっと。でも、木嶋くんのことは知ってるみたいだったよ」


 俺はもともと校内では頭がド金髪で悪目立ちしてる上、最近は昴を奴隷にしたことでさらに有名になった。一年では特に知らないやつはいないだろう。


「黒縁眼鏡で……三つ編みの、小柄な子だよ」


「それは……小林さんかな」


 ほかにいないとも限らないが、その条件に合致する人間はそこまで多くもないだろう。小林幸恵ならば俺と同じクラス。明らかにヤバい人ではない。いい人に拾われた。ここまでくれば安心な気がしてきた。


「小林さん……!? ぎゃー! 櫂くんのお尻にちくわを入れそうな顔してる……!」


「お前なんでそんなキャラ変わってんだ! 優等生どこいった! 教室行くぞ!」


「あああー……ひいぃー! ちぐわぁあぁー」


 混乱して半泣きの昴をズルズルひっぱって、一年のフロアに戻ってきた。階段を降りたところで帰り支度をした小林幸恵に出会う。


「あ、木嶋くんのかわかんなかったけど……とりあえず名前入ってたから教室の机に置いといたよ」


「よ、よがったぁぁー。ありがとうありがとう小林さん! ちくわのこと、ごめんね!」


「……ち、ちくわ?」


 昴が小林さんの手をとってブンブンと振った。

 俺もとりあえず無事に回収できそうで安心した。


「櫂くんよかったね! 櫂くんのお願いチケット誰も欲しくないみたい!」


「その通りだけどその言いかたはよせよ!」


 無事に回収できるかと思って教室の扉を開けたそのときに気づく。


 教室にはいて欲しくない巨体のシルエットが見えた。俺のチケットを手に取り、じっと見つめている男。


 雲井だ。


 夕陽に照らされた横顔、その口元はニタリと笑っていた。まずい。

 雲井はド変態なのだ。一番その手に渡って欲しくない相手といえる。俺に直接命令やお願いはしないだろうが、するとすれば婉曲に昴に対してのなにか……。


 雲井は俺と昴に気づくと、ニタァッと笑ってチケットを高々と掲げてみせた。


「なぁ、木嶋……これ……」


 夕陽の赤に照らされた雲井の顔は、草原に迷い込んできた小さな小鳥を捕まえて食べようとしているモンスターに見えた。べつに出てないのにヨダレが垂れてるように見えた。


「櫂くん、パス!」


 昴が机に置いてあった俺の鞄を投げてきた。

 俺は意図を正確に理解してその鞄を迷いなく雲井に投げつけた。


「わブッ!」


 鞄は雲井の顔面にヒットした。


 昴はその隙にすばやく雲井の背後にまわり、彼の手から飛び出して宙にすっ飛んだチケットケースを華麗にぱしりと取った。


「はぁ……よかったねー」


「あぁ、一番危ない変態の手に渡るところだった。本当によかった」


「お前ら……こんなときだけコンビネーション抜群だな……」


「幼馴染みだもん。ねー?」


 けろりと笑いながら、昴が鞄にさっとケースを戻す。そのさまを、まじまじと見た。


 あれ、よく考えたら……こんなもの、さっさと捨てられてしまえばよかったのでは。


 この校内で全力でこんなもんを使おうとするのは昴か雲井しかいないのに……。


 そんなことに気がついたのは、校門を出たあたりだった。

 

 少し考えていたが面倒くさくなって、まぁいいか、と思考を放棄した。たぶん、たいした問題じゃない。


「よかった。私の宝物、戻ってきたー」


「はぁ、よかったな」


「うん!」


 世の中でそんな誰もいらない紙ペラを宝物にするやつもこいつくらいしかいないだろう。


 校門を出るとゆるい風が吹いていた。

 もうすぐ終業式がきて、夏休みが始まる。

 夕方の空の色も、空気の匂いも、夏の気配を帯びていた。




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