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1.奴隷ができた日



 中学一年生のころ、両親が喧嘩がちになった。やがて離婚に向けてのゆるやかなスロープを下り始めたころ、それまで平和な生活の中そこそこ真面目で品行方正に過ごしていた俺は、わかりやすく学業をサボりがちになった。


 わかりやすく髪色を赤にしたりピンクにしたりして自己主張をし、わかりやすく家のものを破壊してストレスを解消したりして、荒れはてた。俺はとてもわかりやすく、ふてくされていた。


 しかし俺がふてくされようとも、地球にも生活にもなんの影響もなく、両親は離婚した。その時期に得て残ったのはひねくれまがった心だけだった。

 中二の夏に母親と家を出ていくことになり、俺は中三の春に大暴れに疲れてなんとか無事に一番近い高校に入学した。


 同じ高校には小学校のころの幼馴染がいた。

 この明日河あすかわすばるとは家が近所で、もの心ついたころからずっと仲よくしていた。俺は女子であるそいつといつも一緒に登下校していたし、休日もよく遊んでいた。むしろほとんどこいつと一緒だった。

 男同士で遊ぶのとも、女同士で遊ぶのとも少し違うその関わりは、たぶん兄妹のそれに似ていたと思う。


 俺の知る明日河昴は、小学生のころはボウズに近いくらい短い頭で、男みたいな格好をしてガリガリに痩せている。いつもハイテンションで騒いでる猿みたいなやつだった。中身は俺と似たようなアホで、一緒にバカをやっていた。


 この幼馴染みとは、昴の親の転勤で中学時代はまるまる関係が断絶していた。


 そして三年の時間経過はすべてを変えた。


 同じ学校にいると知って喜んだのもつかのま、久しぶりに見た昴は忌々しいまでの美少女に成長していた。色素が薄いんだろう。飴色の瞳に薄茶色の髪の毛。色白の頬に桃色の唇。近寄りがたいまでの汚れなき妖精系。

 中身のほうはというと、驚くほどのいい子ちゃんになっていた。勉強ができて、運動ができて、たいていのことは人並み以上にこなし、優しくて公平。まごうことなき美少女の優等生として、入学後すぐに学校社会のスターダムを駆け上がっていた。


 アホの幼馴染みは、俺とは真逆の遍歴を辿っていた。


 昴はいつも友達に囲まれて中央にいる。女子はもちろん各種イケメンに話しかけられているし、ジャガイモみたいな男たちとも分け隔てなく普通に話している。楽しそうなその姿にかつての面影はかけらもない。


 俺は思った。

 こいつはおそらくこのままいい大学に入り、サークルで友達をいっぱい作り、毎日パーティーをして、仲間内のスッキリした顔のイケメンの彼氏を作り、ひとしきり青春ごっこをしたあと別れて一流企業に顔採用で就職してエリートイケメンを捕まえすぐ辞める。そこまでのイメージがさーっと頭に流れた。


 幼馴染みと俺は、住んでるのはもはや別世界で、同じ人類とは思えなかった。一方的に裏切られたような気持ちになったし、いっぱしに女になんかなりやがって、とも思った。


 全校生徒みんな騙されてる、とも思った。

 アレは優等生でも美少女でもなく、セミの抜け殻でタワーを作るアホ、膝小僧にいつも絆創膏貼ってあるタイプのアホなのに。生まれた時から「うんちなんて見たこともありませんわ」みたいなすかした顔をして、周りを騙している。


 俺は再会した明日河昴のことを、すぐに大嫌いになった。








 六月に入ったというのに友達も彼女もできなかった。

 もともと対人関係は苦手だった。

 俺は受験で黒に戻していた髪を再び金色にした。そうしたらますます誰からも話しかけられなくなってすっきりした。

 俺は陽キャとも陰キャとも違うDQNの異端児枠に自分を置き、“周りと調和した素敵な学校生活”への期待を全部捨てることに成功した。


 背後から知った声に呼び止められたのは、学校の帰り道だった。


「あ、かいくん」


 明日河昴だった。少し距離があったのでそのまま無視して帰ろうとしたら、わざわざ走って追いかけてきた。


 昴はそのまま目の前まで来て、息を整えて、話し出す。

 昔は「ギョエー」とか無意味に奇声を発しながら声をかけてきたもんだが、学校のアイドルともなるとマトモな人間みたいな動きをしてきやがる。


「櫂くん、学校一緒だね。クラスは違うけど」


「……そうだな」


 その、生まれたときから美少女でした! みたいな話しかたがすごくムカつくんだが。


「学校どう?」


「べつに……お前は楽しそうだな」


 俺の言葉に昴は「うーん、まぁまぁかなぁ」と濁した返答をよこした。なんとイヤミなやつだ。


「あの、私、櫂くんに……ずっと声かけたかったんだけど……、なんかぜんぜん話す機会がなかったから……」


 当然だ。無視してたからな。


「それで……話せたら聞こうと思ってたことがあるの」


「なんだよ」


「うん。あのー……その、櫂くん……彼女とか、できた?」


 カチンときた。これ、俺、バカにされてるのか?

 この流れで彼氏自慢とかするつもりなんだろうか。彼女なんているわけないだろ。友達だっていないのに。毎日、おもしろくもおかしくもなんともない。しかし素直にそう言うのも悔しい。俺は立派に成長したクソクズ野郎として悠然と答えた。


「んなもんいらねえよ」


 ふてくされた声で言ったそれに、昴は一瞬固まったあと、ふっと軽く吹き出してから言った。


「えー、じゃあ私とも付き合えない?」


 なんだこいつ。馬鹿にしやがって。どうしてしまったんだ。そんなやつじゃなかったろ。怒りが頂点に達して乱暴に吐き捨てる。


「お前みたいなやつと誰が付き合うかよ……奴隷くらいにならしてやるよ」


「え、じゃあ奴隷になる!」


「えっ」


「奴隷にならしてくれるんだよね」


「えぇぇ!?」


 腹立ち紛れに投げた言葉に信じられない返答が返ってきた。

 昴は「よろしくお願いします」と言って、頭をぺこりと下げて、少し照れた感じにはにかんだ。


 なんだ。なんだ。いったいなんなんだ。この女。その、学級委員に選ばれた直後の優等生みたいな表情。ドン引きした。


「櫂くん、スマホ出して」


「え、なんでだよ」


「奴隷の連絡先もわからないんじゃ、なんにも奴隷らしいことできなくない? ほら、早く出して」


「は、はい……」


 もっともだが、奴隷の側に提案されると戸惑う。

 昴はありとあらゆる連絡先、おまけにちょこっとだけやってたスマホのゲームのフレンド登録まで出してきてすべて交換させられた。なんて積極的な奴隷なんだ。危機感がなさすぎて心配になる。


 昴はスマホを眺めてぱぁっと頬をほころばせた。

 学校でもここまで満面の笑顔は見かけたことがなかった。なにがそんなにうれしいのか目と神経を疑う。


「じゃあ、明日から奴隷でよろしく!」


「お、あぁぁ?」


 さすがにそれはないんじゃないかとなにか言おうとしたが、昴はその隙を与えず、さっさかと去っていった。


 

 六月七日。月曜日。午後五時。雨が降ってきた。

 俺はなぜだか美少女優等生の奴隷を手にいれた。


 同級生の奴隷ってなにすんの。


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