地力
「ハァハァ、もう無理……これ以上は死ぬっ……」
「なんじゃ、もうへばったのか。こりゃ、技術うんぬんの前に体力つけんといかんの」
「でも、結構スジはいいと思うよ! 槍は初めて使ったんでしょ?」
俺は日課の牧場仕事を終わらせ工房前の草地で仰向けに天を仰いでいた。
訓練の前にニーナは地力を測ると称し、使ったことのない槍を俺に渡し襲い掛かってきたからだ。
当然心得の無い得物で勝てるわけも無く、ただただ無力に天を仰ぎ見るしかなかった
両親は事故で早くに他界し、俺は父方の祖父母に引き取られた。
祖父は空手の、祖母は剣道の師範代を勤める道場で育った俺は、否応なしに門下生として修練に付き合わされることとなったのだ。
両者とも非常に厳しく、世界大会に出場する選手を輩出するほどの傑物だった。
だからこそ、俺に期待していたのだろう。亡くなった父の代わりとして。
しかしいくら練習しても芽が出ることは無かった。
次第に二人の興味が無くなっていくのを肌で感じた。
組手なんてそれ以来の事で身体が着いていかない。身体というより感覚だろうか。
ニーナの得物、体裁き、何もかもが目で追うことが出来なかった。
「せめて剣使わせてくれよ! それならもっとやれたはずだ! こんなもんじゃないからな! クソッーー!!」
「地力を見るためなんだから文句言わないの!」
「それにしても、ショウって実は負けず嫌いなのねっ。感情的になるタイプには見えなかったからちょっと意外かも……もちろん良い意味でね!」
クスクスと微笑みながらそう言ったニーナ。負けず嫌いでなにが悪い。そういう性分なんだよ。
組み手で得物を交わした瞬間、彼女がかなり手加減しているのはなんとなく分かった。
どんな武術やスポーツにおいても、圧倒的実力差のある者と対峙した事があれば分かるはずだ。
組み合った瞬間この人には絶対勝てない、何をやっても通用しない、そういった感覚が頭を支配する。
俺は不覚にも彼女にそう思ってしまった。
それが悔しくて仕方なかった。
こんなに華奢で小柄な女の子に手加減されてなお、そう思ってしまったことが悔しくてたまらなかった。
「ぺト爺的には見ててどう感じた? ショウの戦闘センス。荒削りだけど結構いい線行ける気がするんだけど」
「お世辞は止めてくれ……手加減された上で、手も足も出なかったんだ……」
「元いた世界でも才能無いって言われてるからもういいよ。そんなこと言われても惨めになるだけだ……」
「もぅ、拗ねないでよ~!」
「確かに加減はしたけど……ブランクありで、しかも使ったこと無い武器。5分も耐えれた時点で十分すごいよ。こっちだって、本気で気絶させるつもりで仕掛けてたんだからね」
褒められれば褒められるほど惨めになる。
俺から打ち込めたのは始まって1分間だけ。畏怖した心を打ち払い、感覚に身を任せ我武者羅に攻め立てた。
体力の無い俺は、それ以降防戦一方になるしかなかった。
ニーナの一撃一撃は重く、急所を守るだけで精一杯だった。
目がついていかない以上、急所への攻撃にのみ神経を研ぎ澄ませ、全力でいなす。それしかできなかった。
「ふむ、ワシが見る限りでは悪くない……むしろかなりいい物持っとる。才が無いなどとは到底思わん。余程、師に恵まれんかったんじゃな」
「そりゃどうも。真剣でやってたら今頃肉片になってましたけどね……ハハッ……そんな俺でも強くなれます……?」
「なれるとも。戦闘センスが一級品なのはワシが保障してやる。使ったことの無い得物に、自分の持つ戦技や戦闘勘を生かすのは咄嗟には出来るもんじゃない」
こんな俺でも強くなれるのか?
剣道の大会では、初戦勝てれば御の字のこの俺が?
祖父母には一度も褒められた事の無い俺がか?
「ホントですか! ニーナに勝てるって事ですか!」
「いやまあ、うん……多分な。それは置いといて、まずは弓術と槍術の基礎を身につけなさい。剣に関してはすでに基礎が出来とるからワシが口出すことも無いじゃろ」
「弓と槍? 何でわざわざ? 剣を教えてくださいよ! 必殺技とか奥義的な技は!?」
てっきり剣の修行をつけてもらえるものだと思っていた。
ゲームで見るような必殺技や奥義を夢見ていたというのに……
基礎が出来ているなら応用編を教えてくれよ!
「うん? 必ず殺す技が知りたいのか? それならいくらでもあるが――」
「嘘です、冗談です! 基礎が良いです! 楽しそうだな~、ハハッ」
殺人術なんて御免被りたい。この人が言うと嘘に聞こえないんだよな……
大体何者なんだこの人? ニーナも詳しく知らないらしいが……
「ともかく、弓と槍を薦めたのは意味あってのことなんじゃ。お主の場合、一つを極めるよりも多くを修め、それらを一つに昇華する方が向いとる気がしての。それに剣と弓、槍が扱えれば有事の際の遅れを取らずにすむはずじゃ」
「つまり……どういうことです?」
「要は何でも出来るようになれっちゅうことじゃ。身体に浸透した技術達は混ざり合い、やがてお前だけの型になるじゃろう。流派だの他人の型なんて気にするな……足枷になるだけ。それじゃあニーナ、後は任せるぞ。」
「はーい! じゃあ、一日でも早く私を倒せるよう頑張って強くなってね!」
挑発するように、ニーナは口元を手で隠しニヤニヤしている。
クソッ、見てやがれ。絶対にぎゃふんと言わせてやる!
そんな風に思っていると、母屋から狼犬を連れモニカが走ってやってきた。
パタパタと走るモニカの手には一つのコップと水差し、タオルが握られていた。
「あら、わざわざ悪いわねモニカ。ありがと……あれ、一枚しか無いの?」
「あ、これ、姉さんの分じゃない……ママが……ショウ君に持ってけって言うから……仕方なく……」
「ふーん…………ショウ君に、ねぇ……仕方なく……へ~~」
「な、なに? 何か問題ある!? 大体、姉さん汗一つかいてないでしょ! 必要ないじゃない!」
「ワシには?」
「ありがとうモニカちゃん。ちょうどニーナにしごかれて汗だくだったんだ。のどカラカラで死んじまいそうだ」
「ワシにはないのか?」
「べ、べ、別に。ママに頼まれただけだし……お礼なら……ママに言ってよ……」
「それでもだ。ここまで持ってきてくれたのはモニカちゃんだろ? だから、ありがとう」
「ワシも汗かいとるんじゃが」
「その、……ショウ君……作ったの……良かったらこれ、食べて! それじゃ!」
「あ、おい! モニカちゃん! 行っちまった……」
「昼飯はまだかのぅ」
突然の来訪者は嵐のように過ぎ去ってしまった。
モニカが半ば無理やり渡してきた包みを開けてみたが……これはおそらくクッキーだよな……
歪なクッキーと思しき物体が8つ、包みに鎮座している。
なぜクッキー? このタイミングで食うには些か拷問ではないか? そんな事を思わずにはいられなかった。
せっかくモニカが作ってくれた物だ。汗だくの身体には堪えるが仕方ない。
一つずつ味わいながら口に放りこんでいく。見た目は不恰好だが味はとてもよく出来ていた。
うん? この味……もしかして――
「あのモニカがわざわざ手作りねぇ~……明日は空から矢でも降ってくるんじゃないかしら」
「…………」
「あれ、もしかして美味しくなかった? お願いだから、嘘でも美味しかったって言ってあげてね……」
「いや、美味しいよ……ただちょっと気になった事があっただけだ。さあ、休憩は終わりだ! 続きをしようか」
気になることはあるが、今はとにかく自分を鍛えなければ。
強い力にはそれだけ大きな責任が付き纏う。昔、映画で感銘を受けた台詞。
有難い事に俺には貴重で強力な能力が備わっているようだ。
昨日ニーナ達に言われ自分の能力のことを色々考えてみた。結果、危険な能力だと再認識するに至った。
始めは地味でパッとしないバフを与えるチーズが作れるだけだと軽く考えていた。
しかし、考えれば考えただけ、悪用の仕方がいくつも思い浮かんだ。
この能力は公にしてはいけない。少なくとも自分の身くらいは自分で守れるようになるまでは。