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異能

 

「い、いやっ! こないで! 誰か! 誰か助けて!!」


 ニーナとダンテが動き出すよりも早く声の聞こえた方へと走り出していた。

 牛舎の前にモニカは座り込んでいる。

 どうやら無事――だったが、状況は芳しくない。

 その眼前には熊……らしき物がモニカを今にも襲わんと仁王立ちしていた。

 らしき、と表現したのはあきらかに俺の知っている熊とは様相が異なっていたからだ。


 全長は3メートルを有に超えているだろう。

 その体毛は赤黒く背や腕には角のような突起物がいくつも生え、爪と牙は刃物のような鋭さが見て取れた。

 咆哮はあまりにも暴力的でモニカや傍らで主人を守ろうとする狼犬のか細い悲鳴や威嚇をかき消してしまう。俺はその迫力に度肝を抜かれ、足がすくんで動けなかった。


「モニカ危ない! 逃げて!」


「あ、ああ……お姉……ちゃん……たすけ……て」


 後ろから遅れてやってきたニーナが叫ぶ。

 しかし、すでに獲物を仕留めんと立ち上がり腕を振り下ろす体勢に入った熊。

 怯えて震えるモニカにはどうする事もできない。

 彼女の華奢な細身に、その豪腕が振るわれればタダではすまないことが容易に想像できる。


「クソッ! 動けッ!」


恐怖でガクガクと震えている膝に鞭を打ち涙を浮かべるモニカの前へと滑り込み抱きかかえる。

 身を挺し、まるで盾にでもなるかのように。


 何故自分がこの子を助けようとしたのかは分からない。

 親しいどころか、嫌われてさえいるこの子を……

 目の前で無残に殺される。そう直感した時には身体が動き出していた。

 

 後のことなど考えず策もない。あまりに無謀。これでは所詮餌が一人増えただけにすぎない。

 熊は俺のことなど意に介さずそのまま腕を振り下ろした…………死んだなこれ……


「水よ、氷よ! 槍となりて突き貫け! グラキエーハースター!」


 死を覚悟し身を縮こまらせて瞼を硬く閉じているとニーナの声が辺りに響く。

 目を開けた次の瞬間には、奴の振り下ろした腕や体には無数の氷が突き刺さっていた。


「やった……のか!?」

 

 体勢を崩され、大きく仰け反る熊。

 ひるみはしたものの戦意はそがれていない。

 むしろ、激昂している。雄たけびを上げながらこちらに向かって来た。

 身体に無数の傷を負いズタズタになりながらもその眼差しはモニカを捕らえていた。

 

「小僧! 受け取れ!」


「――ッ!?」

 

 牛舎の方から誰かの声とともに、抜き身の剣が投げつけられ、足元に転がり込んできた。

 剣身の長い両刃剣、柄はボロボロ、刃は手入れが行き届いているとはとても言い難い状態。どう考えても熊に立ち向かうには心もとない武器。

 幼少期から剣道はやっていたので多少の心得はある。だが、真剣なんて扱ったことないぞ!

 

 弱音を吐いても仕方がない。一呼吸置き剣を拾い上げ構えを取る。

 不思議と身体は軽く力が湧きあがった。

 熊の咆哮に臆することなく迎え立つ。

 極限の条件下だからだろうか、巨躯の動きはスローモーションに見え動きが手に取るように分かる。


「ええい、ままよ! ハアァーーッ!!」


 こちらへ突っ込んできた熊をすんでの所で横っ飛びに躱す。

 側面より首すじを狙い全力で剣を叩き下ろす。

 突然の斬撃によろめき立ち上がり後退する熊。

 すかさず距離を詰め足元から飛び上がり、首元を横なぎに切り払った。

 鋭い一閃は喉笛を掻き切り熊からは勢い良く血が噴出した。

 渾身の一撃により熊は致命傷を負ったのか、ヨロヨロと数歩歩くと地に付し動かなくなった。

 

「ハァ、ハァ……生き……てる……フゥー、何とかなってよかった……」


「モニカ! 良かった無事で! 本当によかった!!」


「大丈夫? 怪我はない!? 」


 ニーナとダンテはいの一番にモニカに駆け寄り無事を喜んでいる。

 ダンテは泣きながらモニカを抱きしめている。

 モニカも安堵からか号泣している。とにかく全員無事で何よりだ。


 握り締めた剣は流石に耐え切れなかったのか真っ二つに折れてしまっていた。 

 この分不相応な力……まさかこれが神様の言っていた異能なのか? 

 普段の俺には熊を躱すほどの俊敏さもなまくらの剣で熊の皮膚を切り裂く程のパワーもあるはずがない。


「あーあ、真っ二つじゃないかい。どれ、怪我は無いかね?」

 

 いつの間にか俺の横に立ち折れた剣を見ている老人がいた。

 声を掛けられるまで気配を感じなかったぞ。

 確か、ニーナ達の爺さんでペトロスって名前だったか。剣はこの爺さんが投げ込んだのか。

 

 リアクションを取れずにいる俺を尻目に、全身を舐めまわすようにジロジロと見回す。

 そして手の甲にあるアザをまじまじと見つめだした。


「ほう……見てみな。十字の聖痕が光っとるじゃろ? これはお前さんの力が発動しとる証拠じゃ」


「本当だ、光ってる……ペトロス爺さん、何か知ってるんですか?」


「まあ、多少はな……今は推測の域を出んが……後で工房まで来なさい。まずはあの子達を落ち着かせんとな」


 そういうとスタスタとダンテ達のもとへと歩いていってしまった。

 

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