帰路
ギルドを飛び出し喧騒の続く店屋を背に、俺たちはグレイタール家の牧場へと足を向けた。村の往来は変わらず賑わっており、露天商や屋台からは威勢の良い客引きが声を張り上げている。
「その、…………さっきはごめんね」
街を案内してくれていた時の快活で、天真爛漫な姿とは打って変わり申し訳なさそうに視線を下げるニーナ。
「ニーナは何も謝るようなことしてないだろ? 全部あのギーシュって奴がいちゃもん付けてきたせいなんだからさ!」
「うん、ありがと……」
そうは言ったものの奴の吐き捨てた、同胞殺し……その一言が心に引っかかる。
こんなかわいらしい女性が人殺しだなんて……できれば思いたくはないが、戦時中のこの異世界なら無理も無いのだろうか。
「答えにくいなら答えなくて良いんだが、その……さっきあいつが言ってた事は本当なのか? 同胞がどうとか言ってたけど……」
「……今は、その、……またちゃんと話すから……信じてって言っても無理な話だよね……」
知り合って間もないのに踏み込むべき事柄にしては重すぎたか。しかし、ハッキリさせておかないと気がすまなかった。否定しないということは……そういうことなのだろう。
彼女が人殺しか否か、内容次第では今後の行動も変わってくる。仕方ない事情があったのかそれとも――
過去がどうであれ、今の俺には行くあても帰る場所もない。
ニーナとその家族に頼らざるを得ない現状、彼女を信じる他ない。今は……
「いや……信じるよ。俺も無神経だった……忘れてくれ。そういえば、2等級冒険者って言われてたけどニーナは冒険者なのか?」
「元、ね。今は除籍されちゃってるから。兄さんやぺト爺に小さい頃から鍛えられてたから……こう見えて私、結構強いんだよ! ショウの事鍛えてあげよっか?」
それまで顔を俯けていたニーナは沈んだ空気を払うように、不器用ながらもニッと口角を上げ笑顔を向けてくれた。
接した時間は短いが、それでも分かる人柄の良さだ。きっと込み入った事情があるのだろう。
―――――――――
――――――
――……
「あれ? お姉ちゃん、もう帰ってきたの? おかえり!」
牧場の門口にて、シェパードのような大型犬と戯れていた少女が、こちらに気づくと狼犬達を引き連れ駆け寄ってきた。
「ただいま! 変わった事は無い?」
「う~ん……クソ親父がまた性懲りも無くチーズ作ってるくらいかな」
クソ親父って……この子口悪いな。確かこの子は――
「モニカちゃん、だったかな? ただいま!」
「…………チッ」
今舌打ちしなかったか!? かなり小さな音だったからか、ニーナには聞こえていないようだが。
なにか、知らないうちにモニカの癇に障ることをしてしまったのだろうか?
まだまともに話した事すらないのに嫌われるのは釈然としない。
「モニカ~! 挨拶はちゃんと返さないとだめでしょ! ごめんね、この子人見知りで……」
「あ、ああ。 気にしないでくれ。改めてだけどよろしくな、モニカ」
握手を求め、手を差し出したがニーナの後ろへ隠れてしまった。
身体から顔だけ覗かせた瞳は、真っ直ぐと睨み付けているように見えた。
しばし、そうしていると彼女はばつが悪くなったのか狼犬を引き連れ走り去ってしまった。
「俺、嫌われちゃってるみたいだな……ところでダンテさんがチーズ作ってるって言ってたけど、よかったら見させてくれないか?」
「いいけど……どうして? 正直おすすめはしないけど……」
なにやら含みのある言い方をするニーナ。だが今はチーズの方が気になった。
前世でプロセスチーズを作っていたからだろうか、無性に気になってしまった。
仕事に未練なんて無いつもりだったが、身体に染み付いた知識や技術、好奇心という奴は絶てば絶つほど膨れ上がり発散させたくなる。
「前居た世界ではチーズを作る仕事をしてたんだ。プロセスチーズって言ってチーズ同士を混ぜて作るんだが、知ってるか?」
「う~ん、分かんないや。チーズ同士混ぜるなんて聞いたこと無いよ。あ、モニカの前ではあんまりチーズの話しないでね。チーズ大っ嫌いで機嫌悪くなるから……」
牛乳などを乳酸菌やレンネットと言われる酵素で固め、ホエイを除去したものや、これを熟成させて作るナチュラルチーズに対して、プロセスチーズとは単独、または複数のナチュラルチーズに乳化剤などを加え、溶かし整形したものを言うのだが、流石にプロセスチーズは無いか。
しかし勿体無い。せっかく実家が牧場でチーズ作っているのに好きじゃないなんて……
実際問題チーズが苦手な人は少なくないし、そういった人達用に食べやすく癖の少ない進化を遂げたのが日本のプロセスチーズでもあるんだよな……
ダンテのチーズ工房は牧場の奥にひっそりと建てられている家屋だ。裏の山では小鳥がさえずり、放牧している羊達は合唱を披露して俺たちの到着を歓迎してくれた。