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イグニア帝国


「どこだここ……」


 奨が目を覚ましたのは見覚えのない部屋だった。

 自分が寝ていたベッドとテーブルに椅子、ランタンだけというなんともミニマリストチックな部屋。

 

 それ以外は何も無く、窓と扉があるだけ。窓からは鳥の鳴き声とまばゆい日の光が差し込んでおり、思わず手でさえぎってしまう。


 ボンヤリとした頭で、此処がどこなのか考えてみたが答えは出ない。さっきの夢見たいな体験は現実で此処は異世界なのだろうか?


 そんな事を考えていると、ガチャリと部屋の扉が開いた。



「おっ! やっと目が覚めたか! 具合はどうだ? 怪我してるようには見えなかったんだが……」

「えーっと……、どちら様でしょうか?」

「そりゃこっちの台詞だぜ。まぁ無事そうでよかった、俺はダンテ。ダンテ・グレイタール。。」



 ガッハッハと豪快な笑顔で自分のことを心配してくれている髭を貯えた、筋骨粒々の中年男性はダンテというらしい。

 見た目の印象だけなら、さながら格闘家か軍人にしか見えない。

 少なくとも自分よりは現状を把握しているであろうダンテにいくつか質問をしてみた。



「新野奨です。もしかして自分を助けてくださったんですか?」

「ああ。山の中で倒れてたんだよ、しかも全裸でな。追い剥ぎにでも襲われたんだと思ったぞ。見つけた娘に礼でも言ってやってくれ」

「一応身体は無事そうです。ありがとうございました。助けていただけてなければ今頃どうなっていたか……」



 全裸は不味い。此処がどこだろうと保護されてなければ逮捕、最悪死んでてもおかしくなかった。

 しかし、なぜに全裸?あいにくと、露出して快感をえる性癖はない。酔っ払っていたのか?

 だが、酒には強い方だし、今までそんな事は一度もなかった。なにより最近は飲酒を控えていたはず。

 となると、やはり異世界なのか……



「あの、ダンテさん……変な事聞くかもしれませんがいいですか?」

「なんだ? ニーノショウ」

「ショウでいいですよ。ここの大陸と国の名前なんですけど、なんて言うんですか?」

「ガレザヤ大陸のイグニア帝国領ミモレ村だが……それがどうした?」



 国の名前は自分が知らないだけ、という事もあるが、ガレザヤ大陸なんて聞いた事がない。

 ダンテが嘘を付いていなければ此処は自分の知る地球ではない事になる。

 本当に異世界に来てしまったんだ……あれは夢じゃなかった!



「まさか……ハハッ……夢じゃなかったんだ……マジかよ……」

「ショウ、俺も聞きたいんだが……お前さん、もしかして他所の世界から来たんじゃないのか?」

「なっ!? わかるんですか!?」

「ああ。あんたの手の甲の十字のアザを見てな……それって流れ人にできるやつだろ」



 ダンテに手の甲を指を差され、見てみると覚えの無い黒い十字のアザが出来ていた。

 こんな目立つ場所にありながら、今の今まで全く気づかなかった。手の甲にアザなんて無かったはずだ。



「なんだこれ! こんなのいつ出来たんだ!?」

「その様子だと何も知らないみたいだな」

 

 眉をひそめ、こちらの心の内を探るような視線を送ってくる。


「ダンテさん、何か知ってるんですか!? 教えてください!」

「まあ待て、落ち着きな。先に飯にしよう。ウチの家族全員、お前さんの心配してたんだ。元気な姿見せてやってくれ」

 


 開けっぱなしになっていた扉からは、香ばしく焼けた肉と芳しい深みのあるコーヒーの香りが漂って来た。

 ダンテに用意してもらった洋服に着替え、リビングに向かうと二人の女性が食事の用意をしている。



 食卓にはカリカリに焼いたベーコンと目玉焼き、食べやすいように切り分けられたライ麦パンが並べられており、食欲を刺激する良い匂いを放っていた。

 サラブレッドのように明るい栗毛をポニーテールにまとめた女性がコーヒーを注いでいたが、思いがけない来者に目を丸くしていた。


「あ! やっと目が覚めたんだ! おはよう! 心配してたんだよ~」

 

 彼女はすぐさま屈託のない笑顔をこちらに向け安堵のこもった声を送ってくれた。


「おはようございます。この度はご心配とご迷惑をおかけいたしまして、申し訳ございません。」

「いや、硬すぎっ! 硬いよ! もっと、こう、砕けた感じで話そうよっ! そんな話し方するのなんて騎士か僧侶さんくらいだよ~」

「すいませ……じゃなかった、すまない。初対面だと、どうもこんな感じになってしまうんだ。」



 どうも目の前の彼女は俺の口調が気に入らないらしい。

 悪い癖だ。敬語なんて本当は使いたくない。失敗したくないが為の、無意識的な自分に反吐が出る。

 

 ダンテに促され朝食の席に着くと、グレイタール家の面々を紹介をしてくれた。

 先ほど俺に話しかけてくれた赤い瞳に、栗毛のポニーテールの彼女はニーナ。

 背丈は俺よりも頭半分ほど小さいので、160センチ程度といった所だろうか。

 グレイタール家の長女で、今年で20歳になったとか。この世界の俺は同い年くらいの風貌に見えているようなので、女神様はちゃんと若い姿で転生させてくれているようだ

 


 他には、急いで俺の分の朝食を用意してくれた、黒髪ロングの姉と言われれば信じてしまう程若い風貌の母ヘレナ。

 

 寝ぼけ眼をこすりながら気だるげに起きてきた小柄な少女。青い瞳、セミロングの黒髪で左目を隠している彼女は、妹のモニカ16歳。

 彼女は、とても16歳とは思えない程凹凸のあるスタイルをしている。ニーナと比較すると、あまりにも顕著だった。


 最後に食卓に着いた寡黙な白髪の老齢の男性が祖父のペトロスというそうだ。彼らはミモレ村のはずれの牧場で酪農を主として生計を立てている。


「もう1人弟がいるんだけど、騎士だから普段は軍の宿舎にいて、いつ帰ってくるかわからないの……」

「騎士って、王様に仕えたりしてる、あの騎士?」

 

 そんな言葉、ゲームか歴史の中世時代くらいでしか耳にしたことないぞ。


「そうそう。その騎士だよ! そっか……流れ人だからこの世界の事とか分かんないか」

「ああ。ダンテさんは後で説明してくれるって……」

 

 俺やニーナの倍は食べていたダンテが満足そうに膨れた腹を叩きながら言った。


「ふ~、食った食った! そうだったな! ニーナ、説明ついでに村を軽く案内してやれ」

 

 は~いっ、と返事と同時に軽く椅子からひょいっと、飛び上がり俺の手を引き、外へと連れ出されてしまった。



 まぶしい日差しが俺達を陽気に照らす。

 季節の程は春なのだろうか。気持ちの良い日差しを全身に感じながら、村へと伸びる砂利道を歩いていく。

 牧場の近くには畑なども多く、古き良き田舎風景を思わせる景色が続く。



 道すがら、ニーナはこの世界の事を掻い摘んで説明してくれた。流れ人とは異世界より流れ着いた人の通称。

 神から、前世界で心残りとしている事や、得意としていた事に関する異能を与えられた存在。その数は少なくなく、イグニアだけでもそれなりに見かけるとのこと。

 ただ、それは運のよかった者たちだけ。賊に襲われる者や無謀にも魔物に挑み惨殺される者が後を絶たないのだとか。



 この世界では魔術と呼ばれるものがごく普通に存在しており、生ける者皆魔力を内に宿している。才能さえあれば誰でも行使することができる。ニーナも使えるらしい。

 

 魔術には複数の属性と呼ばれるものがあり、4大元素と括られている火、水、土、風。それら以外には、光や闇、虚無が存在する。虚無とはどのカテゴリーにも属さないものを指す。ニーナは水と光の魔術が使えるそうだ。



人間以外にも魔族や亜人、エルフ、ドワーフなどの多種多様な種族が共存、ないし迫害や隷属されている。

 イグニアは現在停戦中ではあるものの、戦争下であるため人材不足に悩まされている。帝国では出自にとらわれず魔術、武術、知識、その他有益とみなされた者は帝国直属として重用され、中には爵位を授かる者もいるとか。



 そのため、敵勢分子でない証明のためにも身分証が必要不可欠で、無いと帝都はおろか街にも入れず、関所も越えられない。

 身分証は血を垂らせば魔力の持つ魔紋を登録してくれるようだ。魔紋は同じ物が存在せず、個人によって様々な模様を現すようで、偽造が難しいとのこと。血液は生命の象徴とも言われており、その生物の持つ魔力が色濃く溶け込んでいるのだとか。

 また、身分証は出身国や犯罪歴、従軍歴に出入国歴も紐づけて登録されているので国境線付近では密入国を企む連中が徘徊しているので不用意に近づくなとのこと。

 

 ニーナの説明を自分なりにまとめるとこんな感じらしい。いろいろと質問攻めにしてしまったためニーナは少し疲れたのか顔が引きつっていた。ニーナ的にはそんな事よりここ、ミモレ村の美味いお店や特産品を知って欲しいらしく、懇切丁寧に案内して周ってくれた。

 野菜や果物、魚などの生鮮品などを扱う店も多く、その中には見慣れ食べ馴染んだ物から、どう調理していいのかまるで分からない見たことない食べ物まで多く扱っていた。


 ミモレ村は農村であるものの、イグニアの流通拠点のひとつである都市ゼモスの最寄ということもあって、行商人や人々の往来が活発なため活気にあふれていた。グレイタール家もゼモスやミモレなどに牛乳を卸し、この活気に貢献している。

 

 途中露天で肉まんのような包子をおごってくれた際に、貨幣や物価について色々と質問して判断したところ金貨、大銀貨、銀貨、大銅貨、銅貨が存在し、それぞれ10万、1万、千、百、十円程度の価値があるようだ。おごってくれた包子が銅貨6枚らしい。食品などは日本よりかなり安く、5人家族で贅沢さえしなければ大銀貨5枚もあれば余裕で暮らせるそうだ。

 なにをするにしても一番重要といっても過言ではない貨幣価値。頭に叩き込んでおかねば……

 


 ふっと、ある建物の前で足を止めるニーナ。つられて俺も足を止めてしまう。

「到着! ここが目的地の冒険者ギルド! まずは身分証作らないとね」


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