出会い 5
『馬鹿野郎・・・』場違いな能天気な声が響き渡った瞬間、隣でため息をつくかのように大きく息を吐くのが聞こえた。翠玲葉はあえてそれを無視して声の主を確かめると、そこには思わず釘付けてになるような美青年がいた。中性的で彫りの深い顔立ちにさらりとした見事な金髪、そしてうかうかしていると吸い込まれそうになる紫褐色の瞳が印象的だった。既に客の女性たちは皆彼に熱に浮かされたような表情を浮かべて、翠玲葉も普通の人間ならば間違いなくその一人になっていただろう。
「あ、こいつがにげたやつ?・・・なんだ、ただのニンゲンじゃん。なんでにがしちゃったの?」人懐っこい笑顔を浮かべながら警備隊に尋ねたが、二人は気まずそうに顔を見合わせた。
「まあ、いいか。・・・あれ?」二人が答えずにいるとまるで待つことに飽きてしまったように呟くと、今度は急に周囲を大げさにきょろきょろと見渡し始めた。そして翠玲葉達の方を見ると目を大きく見開いてきらきら光らせると、今度は大きく両手を振り始めた。
「あ、やっとみつけた。おーい、シュガ!」その瞬間、その場の視線がすべて翠玲葉達に集まった。そして皆がさっと顔を青くし後退りした。翠玲葉も恐る恐る隣の様子を伺うと、人間が怒りに身を震わせるように黒い毛と緑の衣の裾が細かく揺れていた。その上一瞬口元からは白く鋭い牙が見えた気がして顔が引きつった。しかし彼だけは実に楽しそうに近寄ってきたため、翠玲葉はこの青年は何故大丈夫なのだと驚いた。
「ねえ、シュガ。なんでこんなところまできたの?たしかみなとのほうだよね。こいつがにげたのって。それになんでこんなおおさわぎになってるの?ナイショでやろうってみんなできめたのに。ねえ、なんでこんなことになってるの?」無邪気な笑顔を浮かべながら話す彼の言葉を、狼は黙って聞いていた。まっすぐに彼を睨みつけながら。
『シオン。何故居る』
「だって、なんかたのしそうだったから。ちかくだったし」
『何言ってる。お前。ジャスミン荘で待機。それが指示。何故居る』
「うん。そうだよ。でもね、かえろうとしてたらさ、案内所のまどからへんなカオしたカーラがみえたんだ。だからね、どうしたのかなっておもってはいったんだ。それでカーラがきいてほしいことがあるから、ってずっとおしゃべりしてたんだよ。そうしてたらね、こんどはシュガがきてっていうからきたんだよ」
『寄り道するな』その声は相変わらず淡々としていたが、それははっきりと怒気をまとっており今にも飛びかからんばかりに大きく吠えた。しかし彼はなんとも思っていないのかそれともあえて無視しているのか、不思議そうに首を傾げるだけで自分のペースを乱す気配はなかった。
「ちがうよ!!カーラがはなしかけてきたんだもん。それにほんとはカーラがもっとおしゃべりしようっていったけど、だめっていったたんだよ」
『お前。やはり。反省してない』
「え?なにを?」
『あの時。何故。知らせなかった』
「ああ、ごめんね。ちょっとうっかりしてたんだよねえ・・・。だからさ、そんなコワイカオしないでよ!それに日記とかメモとかいろいろあったよ。それがあればへいきだ、ってシュガもいったじゃん!」
『言ってない』両者のやりとりは一方は怒りを増し、もう一方はのらりくらりとするばかりで決着がつきそうになかった。翠玲葉もしばらくはそれを静観するしかなかったのだが、徐々に内容が不穏になるにつれその場に不安が高まっていることを感じ取った。そして同時に自分に向けられる眼差しに耐えられなくなった。
「・・・すみません。ちょっとよろしいですか」翠玲葉が渋々口を開くとは狼は一瞬動きを止め、さっと周囲を見渡し小さくうなった。一方青年は顔をくるりと向けるとじっと見つめた。
「え?・・・・・そういえば、キミはだれ?」彼は子供のような屈託のない表情で少々大げさに首を傾げだ。
「私は翠玲葉といいます。貴方は」
「ボクはシオン。で、こっちはシュガ。よろしくね!キミ、なんでシュガといっしょにいるの?」
『目撃者』するとは翠玲葉を庇うようにすっと前に踊り出て、その様子を見た彼は今度は目を丸くした。
「ふーん。そうなんだ・・・」
「私のことなどどうでもいいので、皆さんに説明して上げてください。貴方はそのために呼ばれたのでしょう」
「え?そんなのムリだよ。ボク、なんにもしらないもん」
『ふざけるな』翠玲葉が口を開くより早く噛み付くように声が響いたが、彼は全く堪えていないようだった。
「だってボク、シュガがアイツをつかまえたってきいたんだ。だからきたんだだよ」
「お前、いい加減に・・・!」翠玲葉の言葉を遮るようにシュガはびくりと揺れ、右足に向かって顔を近づけた。
『え。・・・・・・そうか。分かった。・・・・・・いや、なんでもない。・・・・・・かなり混乱してる。急げ』
「シュガ、どうしたの?」
『5分後。応援到着。到着次第説明。撤収。・・・警備隊から連絡』
「え。それでは・・・」
『こいつ。応援ではない。野次馬』
「そんな、ヒドイ!ボクもかんけいしゃだよ」非難げに声は張り上げるとまたシュガがキッときつく睨みつけた。
「だからさ、おこんないでよ。そりゃあいろいろトラブルがおきちゃったけどさ、ぜんぶじこだよ!じ、こ!」
「・・・そういえばあの男、何故追われる身となったのですか」
『知らなくて良い』
「トクベツにおしえてあげる。だから・・・・『ボクときて。翠玲葉』」その瞬間、海底から響くような耳障りで不快な声がシオンの口から発せられた。翠玲葉は抵抗しようとした抗えず、ただシオンに手を引かれて何処かに走りだすしかなかった。
「キミ、なんだかおもしろそう。だからもっとおしゃべりしたいな」