出会い 2
「ちょっとあなた!ちゃんと最後尾に並ばないと駄目よ。検査が多くなってるせいで混んでるから早くしたいのは分かるけど、ルールは守らないとトラブルの元だわ。それにあたしはちょっと気になるだけだけど、他の人ならもっと怒ることだってあるのよ。あと・・・」
「ちょっとあんた、早く進んでくれよ!」彼女が更に何か言おうとした瞬間、それを遮るように彼女の後ろにいた男性が苛立った様子で声を上げた。その声で二人がふと視線を前方に移すと、いつの間にか2〜3人分のスペースが空いていた。そして周囲から向けられるどことなく冷たい視線に気づき、彼女はまだ言いたらないようだったが足早にテーブルに向かっていった。彼は不機嫌そうに表情を歪めたままさ一瞬だけ視線を向けると、さっさと顔を前に戻してしまった。翠玲葉はなにか居心地の悪さを感じつつ、言われた通り素直に並ぶしかなかった。
列の最後尾に並んだ翠玲葉は列が進むのを大人しく待ちながら、翠玲葉は暇つぶしがてらに周囲を見渡していた。先程言っていた検査に手間取っているのか、何度も懐中時計を見つめるものや貧乏ゆすりをしている者たちが多い。焦ったところで早く進むわけがないのだから仕方がないとのにと思いながら、苛立ちながらもようやく手続きを行っている彼女を眺めた。そして手紙を見つめながら早くここから出たいと感じながら、現実逃避のようにこの後どうしようかとぼんやりと考えた。
すっかり思考が外部に向かっていたとき、急に全身悪寒が走った。更に胸には黒いモヤモヤが広がっていくような不快感で表情が歪んだ。この感覚には覚えがあるが久々であったため、油断しないほうがが良いと翠玲葉はそっと目を閉じた。そして小さく息を吐くとさっと振り返った。
「お前、何故ここにいる?」そこにいたのは先程の胡散臭い露天商の男であった。しかしその表情には先程の怒りはなかった。むしろなんの感情も精気すら感じられなかった。その様子を見た翠玲葉は、自分の嫌な予感が当たったことを確信し両手を握りしめた。
「・・・・何があった?」翠玲葉は静かだがよく通る厳しい声で問いただしたが男はなにも答えなかった。それどころか目もうつろで聞こえているのかすら怪しかった。
「答えろ。いつ黒魔術を受けた!」翠玲葉が突然張り上げた声に驚いた者達が数人振り返ったが、翠玲葉の暗く陰ったエメラルドグリーンの瞳と男がまとう異様な雰囲気に皆慄きさっと目をそらした。
『黒魔術』この世界で時折引き起こされる様々な物理原則を無視した超自然現象『魔術』のうち、主に魔族達と呼ばれる他者の心を惑わしたり精気や奪ったりすること存在する種族たちが好んで使用する魔術の通称。類似種に呪いや祟りがある。精神に作用するものが多いとされるが実際の効果は様々であり、直接肉体に損傷を与える様な術もある。
「負の感情に惹かれたか。それとも・・・いや、どうでも良いか」黒魔術は魔力なき者達は一度にかかれば自力では解けず、そのままではいずれ心と体を病んでゆく。解くためにはお祓いや浄化の術、解除の術など手段はいつくか存在する。そしてそれを専門に極める者達もいるが、どのような場合であってもかけた者よりも解く者の力が上回っていることが重要である。
「・・・放ってはおけない」そうぽつりと呟くと、翠玲葉は両目を閉じ男に向かって両手を重ねまっすぐに伸ばした。その瞬間、突然周囲に激しい衝撃音と複数の怒号が響いた。人々が一斉にその方向を向き唖然としている中で翠玲葉が細かく唇と動かすと、薄いガラスが次々に割れたような高い澄んだ音が響きばたりと男が一人倒れた。
『お前。何故ここにいる』