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「ボク、ビックリしたよ。こんなことになるなんて、ゼンゼンおもってなかった!」
「此奴に同意するわけではないがわしも耳を疑ったわ。ほとんど枯れているとはいえ、宿り木本体を狙おうするとは。あのままお主を山に向かわせ、説得が失敗したなら・・・。いざとなると形振り構わぬところは、5年経っても変わらんな」そう言ってカルコスは声を荒げて詰め寄ったが朱牙は不快そうに顔を歪めて目をそらすだけで、シオンにいたっては何故怒られているのが分かっていないのか首を傾げ、それを見かねたようにマダムがため息を付きながら頭を下げた。
「マダム、頭を上げとくれ。お主を責めとるわけじゃない。・・・・・兎にも角にもシュガ、今後も一人早まるでない。命を守るためとはいえ暴力的な解決を選ぶなど今のわしには認められんし、お主とて本心は・・・」
「でもイチバンはさ、あの子がしんじてくれたことだよね?ねマットじゃなくてマックスだ、っていっただけだよ。ボクだったらしんじないよ。シュガだってそうでしょう?ね?」シオンが両者に割り込むようにしゃべり出すと当然カルコスは怒りの表情を浮かべたが、朱牙は少し目を伏せ小さく息を吐いただけだった。翠玲葉にはそれが何処かほっとしたように見えた。
「・・・血縁者なら匂いも見た目も似る。寿命の違う種族同士なら、子孫を本人と間違えることは珍しくない」
「えー。シュガって、いつもうたがってばっかりじゃん!」
「シオン、邪魔をするな!まだわしが話しとるじゃぞ!」
「レーハさん、続きをお願い致します!」全てを打ち切るようにマダムの声が響くと、何やら定番の流れになってきたな、と翠玲葉はため息を尽きながら話し始めた。
「・・・ミリさんは救出後入院しましたが問題はなく、明日退院が決まりました。ですがマックスさんのほうは、ショックが大きかったのか回復が遅れているようです」その報告に朱牙は申し訳無さそうに顔を曇らせたが、シオンは昔お気に入りだったおもちゃを見つけたように何故か明るい表情を浮かべた。
「もしかして、ボクがたくさん『お願い』したからかな?」その発言に翠玲葉が思わず眉をひそめると、シオンは自慢をする子供のように無邪気に捲し立てた。
「あのね。ボクがたくさん『お願い』するとね、なんでかみんなすっごいつかれちゃうだよね。ボーとしてぼんやりしてて、たまに精気をぬかれてるんだ」
「症状はひどいのか?」
「いえ。時間はかかりますが、人間の医療で回復可能だそうです」
「そっかよかった!こんどあったときは、もっとフツウにおしゃべりしたいな。もしかしたらあやまってくれるなか?」
「・・・レーハさん、続きをお願いします」
「宿り木についてですが、やはりもう手の施しようがありませんでした。それで・・・」
「湿っぽい顔をするでない。どうしてお主らは態度が両極端なんじゃ」そうため息と苛立ちの混ざった言葉を漏らすと、カルコスは突然立ち上がった。
「カルコスさん、もうお帰りなのですか?」
「ああ、少しな・・・。じゃがすぐ片付くじゃろう。それよりシオン、お主は早く報告書を出すのじゃぞ」
「ダイジョウブだよ。いま、10こぐらいだから」
「やはり溜めとるではないか!シオン、わしと来い!」
「え!まって!たすけてマダム!シュガ、レーハちゃん!」
「・・・これにて報告会は終了とします。お二方も、よろしいでしょうか」その申し出に翠玲葉は言われるままに頷き、マダムはそれに申し訳なさそうに丁寧に頭を下げ慌てた様子で二人を追いかけていった。
「そういえばまだ、貴方の報告を聞いていません。住居の片付けはどうなっているのですか」
「瓦礫撤去は終了。完成と営業再開は未定。もっと詳細を知りたいなら事務係のシルキーに訊け」
「ありがとうございます。でもそのようなぶっきらぼうな言い方、やめたほうがいいですよ」
「余計なお世話だ」翠玲葉は朱牙の乾いた言葉と視線に、虚を突かれたように思わず固まった。まさか再び、この言葉を言われるとは思っていなかった。しかし振り返ってみればその通りだった。焦っていたとはいえ、意味がないはずのあの魔術まで使ったのは、やはり・・・。
「・・・・・違う。出過ぎた真似なんかじゃない。そんなことない。だって・・・そんな事を言うなら、貴方だってそうですよね。依頼者や皆のこと考えて、動いているのでしょう」
「違う。俺は言われたことをしてるだけだ」
「『言われたことだけした』・・・本当にそう思っているのか?」翠玲葉が思いつめたように光の消えた瞳でまっすぐに見つめると、朱牙は目を見開いて固まっていた。
「他者と深く関わったって、いつも最後は・・・!」しかし朱牙はそこで急に言葉を止めた。そして食ってかかることをやめ、逃げるようにさっと顔をそらした。
「もう黙れ!」乱暴に閉じた扉とは裏腹に、その捨て台詞には精一杯強がっているような寂しさがあった。




