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「あの旦那さま」

「お前達、ちゃんと探しているのか!我が家の庭の主となる樹木だぞ!美しいだけでなく風格があり、見るもの全てが圧倒されるような・・・」

「そうじゃなくて、我々多分迷ってますよ!」

「・・・は?何を言ってる。目印はちゃんと残しているのだろう」

「こんな奥まで来たら目印なんて意味ありませんよ!さっきから方位磁石の動きもおかしいし、もう諦めて帰りましょう」

「そうですよ。このままだったら確実に遭難してしますよ!」

「救助の要請は出している。心配ない、行くぞ」絶望的な宣告に二人は真っ青になり立ち尽くしたが、主人は構わず一人でずんずんと奥に向かって歩き出してしまった。このまま置いかれるわけにはいかず、二人はその後を追いかけるしかなかった。

「だいたいさ、街にだって妖精はいるのにな」

「そうだよな。シルキーとかドワーフとかときどき見かけるし、仮に現れたってどうってこと・・・」

 そう疲れたように零した瞬間、周囲に微睡むような甘い香りが漂い始めた。二人が不審に思いながらも香りの元を探していると、一同を待ち構えていたかのように雄大で神秘的にそびえる白藤とその影に隠れるように佇む藤の大木があった。

「アナタ、ステキな髪と瞳をしてるわね。夏の日差しと澄んだ空みたい。最近は寒くて曇りばかりだったから、アナタを見ているだけで気分が良いわ」

「・・・・・おいあの子、髪が藤の花になってるぞ!」

「それ以前の問題だろ。こんなところに、普通の女の子がいるはずねえよ」

「ここは静かすぎるの。あの子は安全で気に入っていると言っていたけど、ワタシはもっと賑やかなほうが好きだわ。昔みたいに色々な声がしていたほうが楽しいわ」

「・・・・これだ。やっと見つけた」

「ねえ、アナタも隠れてないで出てきて!心配しないで大丈夫よ」

「ずばらしい!これでこそ、私の求めていた物だ!やっと見つけた。遥々ここまでやって来た苦労が報われたぞ!」歓喜の声をを上げる主人とは裏腹に二人はすっかり腰が抜けてしまった様子で暫し少女を呆然と見つめると、急に我に返ったように互いに顔を見合わせていた。

「ねえ、本当に出てこないつもりなの?こんな機会、最初で最後かもしれないわよ」

「もういい加減にして。不用心すぎる。もう聞いていられない」

「アナタこそ、いい加減隠れてないで出てきて。ニンゲンが全て悪い存在なんて考えすぎよ。ね、そうでしょう?」

「私からも頼む!姿を見せてくれ。私はこの樹木を、お主達を我が庭の主として迎えたい」

「・・・・・何言っているの?絶対無理。ありえない」

「私はマット。樹木の取り扱いにはなれている。我々の技術を結集すれば、根も幹も枝も傷つけず移動させることは可能だ。時間はかかるだろうが安全面は問題ない。そして生育環境もここより良くすると約束しよう」

「・・・信じられない。言葉だけじゃ」

「なんてことを言うの!何も無くなったここから、動けるかもしれないのよ?こんなチャンス、きっと二度と無いわよ」

「・・・分かった。今日は一旦引き上げる。だが再び訪れたときには、我々が本気だと伝わるようにしよう。それでどうだ?」

「勝手にして」

「え。もう帰ってしまうの?それは寂しいわ。もっとおしゃべりしましょうよ」

「それでは必ずまた来る。それまで待っていてくれ」

「・・・・・30日後。彼は彼の仲間とやって来た。10日で根を掘り、2日で運び、3日植えた。丁寧だった。大切にしてくれた。だから安心した。安心して待っていた。でも来なかった。どれだけ待っても来なかった。あの子と宿り木。だからあたしは諦めた。あれは宣言だった。約束ではなかった。だから仕方がないって。でもあの子は違った。ずっと待っていた。待ちすぎた。だから叶えたかった。最後の願い」

「最後の願い?」

「あの子の宿り木。長くない。だから会わせたかった。・・・でもあの人変わってた。逃げた。遠ざけようとした。あの子は驚いた。すごく驚いた。それで追いかけた。理由を知ろうとした。・・・それ、すごく怖かった。あれはあの子じゃない。あの子はあんな子じゃない。あの人もそう。あんな人じゃなかった。もっと普通の人だった。でもおかしくなった。あの子とあたしのせい。あたしもすごく痛かった。苦しかった。もう嫌だった。だから終わりにする。あの人を連れてきて。あの人の言葉ならきっと届く。もうやめてって。それで終わる。きっと終わる。そうでしょう?・・・そう、よね?」そのとき翠玲葉は彼女に同情したが、話を聞けば聴くほど表情は険しくなっていった。

そして全てを聞き終わると重そうに口を開いた。

「・・・・・それは、不可能です」

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