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「これは想像以上じゃな。長年手が入らなかったせいで好き放題に伸びた枝が、まるで乱れ髪を振り回しているようじゃ。その上一応塞がっているが、あやつらがつけた傷跡がまだ痛々しく残っとる。元は立派な古木だったのじゃろうが、これでは人間どころか何も近づかん」

「動物や鳥は、いるようですよ」

「細かいことは言わんで良い!」諌めるつもりで枝に止まった小鳥を指差すとカルコスは逆に声を荒げてしまい、翠玲葉はそうそうに反省することになってしまった。

「お主はまだ入居してから日が浅いんじゃから、あやつらのそんなところは見習わんで良いんじゃ。むしろ反面教師にせい!」そう言い切った後もまだ何かブツブツと呟く様子を見ていると、何故か報復を懸念し留守番を宣言した一名と、それに反抗し最終的にシルキー達に閉じ込められたもう一名のことが浮かび上がった。今までは気になりつつも放置していたのだが、こうしてせっかく彼と二人で行動することができたのだから、と思い切って尋ねてみた。

「あの二人のことは、昔からご存じなのですか」

「あ?・・・ああ。そうじゃな。昔、と言ってもシュガの方は五年前じゃが、あやつらには入居当初からさんざん手を焼かされたわ。子供だからなんでも許されると思い込んでいる性悪のガキと、近づく者全てを敵だと思い込み何にでも噛み付く野犬じゃった。グレイスは優しすぎる故大目に見ておったが、まともに自らの制御もできないなど危険以外のなにものでも・・・。あ、しまった!」

「どうしましたか」

「・・・すまん、つい熱くなってしまった。じゃが本当はわしの口から話してはならないんじゃ。自分から言わぬ限りは無闇に問いただしてはならんぞ。お主も答えんで良い。それがジャスミン荘の数少ない規則の一つじゃ。良いな」

「・・・・・はい」そう言われたらこれ以上は追求できない。しかしそれならば最初からそれだけ告げてくれれば良いのに、と翠玲葉は密かに恨めしく思った。

「もう少し笑顔があったほうが良いが、聞き分けが良いこと自体は良いことじゃな。・・・あやつらことはもう良いじゃろう。それよりも今はこの藤じゃ。お主、ここに居ても何も気づかないのか?」

「・・・・・は?」

「エルフやその系譜の者たちは、こういった気配には敏感なはずなんじゃがな。魔女の弟子のときのように、よく調べて見ろ」そう促されるまま翠玲葉は半信半疑でそっと幹に触れてゆっくりと目を閉じると何か呼ばれているような、妙な感覚がした。そこでさらによく調べようと一歩踏む出すと急に枝が揺れて一瞬カルコスがそちらに視線を向けているうちに、翠玲葉は吸い込まれるように幹の中に消えていった。

「な!しまった、わしとしたことが油断した。まさかもう動けるとは・・・・・。なんにせよ、こうなると迂闊に手は出せん。あの娘一人で何とかするしかないぞ」

 覚えのある微かに香る独特の香りに翠玲葉がゆっくりと目を開くと、そこは濃い紫で覆い尽くされた果てしなく広がる幻想的な空間だった。よく見るとそれはしなやかに揺れる無数の藤の花であり、どこから伸びているのかと周囲を見渡すと一人の少女が枝に腰掛けてこちらを見下ろしていた。彼女は白藤の妖精によく似た雰囲気をしていたがやや大人びた顔立ちで、何より花の色は古木と同じ紫色だった。

「・・・お前もドリアード、なのか?」

「そう。私はドリアード。ここはあたしの世界。今はあたしとあなただけがいる」

「何故、こんな事をしたのですか」彼女の態度や表情は穏やかで敵意は感じられなかったが、翠玲葉は警戒心を高めて注意深く伺うように静かに彼女を見上げた。

「あなたがあの獣達の仲間なのは知ってる。あの子から聞いたから。でも、傷を癒やしてくれた。だからここに呼んだ。二人だけで話したかった。あなたならわかってくれると思ったから」

「ミリさんを返すための、条件を追加するということですか」

「そうじゃない。でもあなたはそう思うんだね。そう思うってことはやっぱりあの人は、あの人の想い人なんだね・・・。そっか、そうなんだよね」

 彼女の口ぶりに違和を感じ翠玲葉が首をかしげると、その瞬間花が揺れ枝の上から彼女の姿は消えていた。そして驚くまもなく彼女は翠玲葉の前に、彼女は神妙な表情で佇んでいた。

「あたしは、人間ことはわからない。でもわかる。これ以上はもう無理なの。きっともう、あの子の思う通りにはならない」

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