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『この匂い。裏庭で嗅いだ。別の花の匂い』

「ずっと待ってたのよ。あの日からずっと、また逢える日を待っていたのよ。それなのに・・・どうしてワタシを遠ざけようとするの?」

 全ての玉が消えた時枝は不自然に動きを止めた。そして戸惑う一同の前に現れたのは、微睡むような甘い香りをまとう可憐で神秘的な少女だった。しかしミニドレスのように葉や蔦をまとい、長い髪のように生やした白藤をなびかせる姿は、どう見ても人間のものではなかった。

「こいつだよ。こいつのせいなんだよ!お前ら、なんとかしろよ!そのために来たんだろう!?」マックスはまた激高して一気に捲し立てたが少女は不思議そうに首を傾げるだけで、翠玲葉も迂闊には動けずに両者を黙って見ているしかなかった。

「てめえ、悪霊かなんかだろう!てめえみたいな奴はな、跡形もなく消えちまえば良いんだよ!そうだ、さっさと消えちまえ。このくそ女!二度と俺の視界に入るんじゃねえよ!」

「ねえ、何かあったの?アナタがそんな汚い言葉を使うなんて、ありえないわ」

「ありえないのはてめえだ!消えろ、消えろよ!」

「やっぱり、おかしいわ・・・」

 その瞬間、悲鳴を上げるように再び枝が大きしなった。それは先程の比ではなく我を失ったかのようにデタラメに枝を振り回し、翠玲葉はとっさに避けようとして体勢を崩し部屋の角まで転がった。一方朱牙はそれを待っていたかのように目を細め、すぐさま彼の全身の毛がふわりと逆立ち一瞬姿が歪んだ。

「シオン、遅い」枝から開放された朱牙は直ぐに大勢を直すと、暴れる枝に何処か後悔するような表情を浮かべた。

『えー。そんな言い方しないでよ。すごく大変だったんだよ。工房に行ってみんな逃げちゃってるし、残ってた人も特別な木だから攻撃出来ないっていうんだよ。お願いするの大変だった。工具も重くて変な形してるから全然当たらないし、外れたのを取りに行くときだって大変だったんだよ。慎重にっていうから一人ずつそっと近づいて、当たる前にばれちゃうんじゃないかってドキドキした。当たった後も女の子の悲鳴がしてみんな元に戻ちゃうし、ボクも連れてかれちゃった。まだ居たかったのになあ。・・・そういえば、シュガの作戦っていつもドキドキするよね。えっと・・・・・そうだ。行き当りばったりだ。マダムとジョージがそう言ってた。シュガは危ないって』

「お前が言うな!」朱牙が言い返した途端、とうとう外壁の一部が崩れ落ちた。

『あ、また壊れた。どんどん壁が壊れてる。・・・このままだとこの家、全部失くなっちゃうね』

「ふざけるな!おい、なんとかしろよ!」怒鳴ること以外に出来ることはないのか翠玲葉が呆れながら視線をはずすと、そこでは無秩序の降る紫の雨の中で少女が必死に枝に話しかけていた。

「お願い、落ち着いて。アナタを失ったら、全てオシマイなのよ」

「・・・そうだ、それなら!」そう思い立った翠玲葉は驚く朱牙を無視し自ら枝に触れると、両目を閉じて細かく唇を震わせた。辺りに心地よい澄んだ金属音が何度も響くと枝はその度に動きを緩め、やがてさざめきに身を任せるように穏やかに花びらをなびかせた。そして静まったことに安心した翠玲葉は、ゆっくり目を開くと脱力してその場に倒れ込んだ。

「・・・・・そう。もう大丈夫なのね。それは良かったわ。でもごめんなさい」

「おい、謝る相手が違うだろう!どうしてくれるんだよ。てめえのせいで全部めちゃくちゃじゃねえか!」

「・・・・・やっぱり、変わってしまったわね」そう振り返った彼女の表情は先程まで枝に向けられていた愛おしい眼差しではなく、下等生物を見るような虚無で冷たいものだった。

「本当はこんなことしたくなかったけど仕方がないわ。アナタの目を覚まさせるためには仕方ないのよ。・・・7日後、アナタ一人でもう一度ここに来て。もしこなければあれは絶対に返さない。今度こそ忘れないでね、マット」そう冷たく微笑むと再び枝がざわめき、ゆっくりと動き出した。

「おい、あれってなんだよ!答えろよ」しかし彼が声を上げたときには既に少女も枝も消え、一同がもはや室内とは呼べない数分前まで部屋だった場所にいるだけだった。

『すごい。すごいよ。枝がどんどん抜けてる。こっちに戻ってるよ。シュガ、やったね』

「・・・俺じゃない」

『じゃあ誰。まさかマックス』

「説明は後。すぐ戻れ」

『えー。嫌だよ。面倒くさい。シュガ達がここまで来てよ』

「お前が来い。こちらは動けない奴もいる」

『でもさ。シュガなら、3人いけるでしょう』

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