出会い 1
「そこのお嬢ちゃん!!!」景気の良い掛け声によってそれまで物思いにふけっていた翠玲葉は、急に現実に引き戻されびくりと大げさに体を震わせた。そして顔を手に当てながら大きく息を吐き、表情が戻っていることを確認すると翠玲葉はそっと振り返った。その表情は人懐っこいが何処か胡散臭く、翠玲葉は男性が差し出してきた片手で持てる程度の大きさ旗を困惑しながら見つめた。
「お嬢ちゃん、観光客だろう?誕生祭のお供に一つどうだい?」
「・・・なんですか」何やら目がチカチカする程、色鮮やかな色彩で何か大きく花が描かれている。作った者の気持ちもわからないしこんな物を持ちたがる人間がいるのだろうか。すぐにいらないというつもりだったが、つい尋ねてしまった。
「何って旗だよ。目印旗。やっぱり知らねえか・・・よーし、特別に俺が教えてやろう!まずは誕生祭からだ」男性は大げさにうなずくと、翠玲葉が口を挟む隙きを与えることなく高らかに声をで勝手に話し始めた。
「ジャスミン祭ってのはな半年後に行われる祭りで、リズ様の誕生日なんだよ」そう聞いた瞬間、翠玲葉の表情がさっと凍りついた。しかし男性はそれに気づいていないのかあえて無視したのか、変わらず軽快な口調で話し続けた。
「リズ様ってのはこの街を作り上げた偉大なお方でな、にぎやかなことが好きだったらしくってな。だから孫のグレイスの提案で今でもみんなで思いっきり騒ぐんだよ。住民も観光客も種族も関係なく、そんとき街にいる全員でな。で、必要になるのがこの旗だ。この時期は街のルールを知らないやつが溢れて、住民達とトラブルを起こすことが増えるんだ。だからこれをつけてるやつは外のやつ。そいつらがやることは大目に見て、困ってるようなら住民達が助けてやろうっていう。・・・ってお嬢ちゃん、なんて顔してるんだ!?」
「・・・・・え。あ、申し訳ございません。えっと、誕生日祭がどうしたのですか」
「もしかしてお嬢ちゃん、今までの話聞いてなかったのか!?」
「あ、えっと・・・・。はい」
「おいおい、勘弁してくれよ。・・・まあ、とにかくだ。これさえ持ってりゃ、祭りまで大丈夫だ。あんたはまだ子供みたいだし旅人だろう。安くいとくぜ」
「待ってください。実はお金は持っていないので、これはお返しします」そういった瞬間、男の表情が大きく変わった。それまでの笑顔が消えて怒りで顔が歪み、体も小さく揺れていた。頭がまずいと判断するよりも早く、翠玲葉は別れも言わず何かに弾かれるようにその場を一目散に飛び出した。
「おい、こら小娘!!!」そういうと男は手元にあった丁寧な装丁が施された古い本を乱暴に地面に投げつけた。すると地面に落ちた本は、風も吹いていないのにひとりでにしかも音もなくページがめくれていった。そしちょうど中間のページで止まった。
「ったく、今日はついてねえ。二回も一文無しを引くなんてよ!・・・・しゃあね、次のカモを探し直しすか・・・・ん?」そして男が何かにひかれるように本に視線を戻すと徐々に思考がぼんやりし、この感覚まずいと思いつつも抗えずにその本を拾い上げた。そして周囲をぼんやりと見つめた。